(5)
決闘である。
無理矢理室外へと引っ張り出された歩夢は、とりあえずは外履きのローファーと自身のキーとホールダーを身につけさせられていた。
そして隣には、
「頑張ろうな!」
と、暑苦しいほどに目を輝かせる少年である。
その素性は定かならずとも確かなことは、ひとつ。
「わたし、こいつ、きらい」
「だろうな」
個人的感想に応じたのは鳴である。
「だったら何とかしてよ」
「悪い、今ガラス片付けんのに忙しい」
「おい優先順位」
塩対応ここに極まれり。
頼みの綱はレンリではあるが、こっちもこっちで矮躯を割れた窓べりに覗かせつつ、
「いや、非殺傷設定がルールに追加されたんだろ? 使うのがユニット・キーである以上その制約を破ることはできないよ。まぁ練習台がわりに付き合ってやれよ。……まぁ、多分痛みはそのまんまだけど」
などと完全に他人事ないし無責任な親心の腹積もりのようだった。
「コードの発動によってテメェは行動を消費、よって先行はもらったぁ!」
ひげ面の強盗がそう叫んだ。心なしか、上体と声が前のめりになっている気がする。
「俺様はこのターン、『ガンスリンガー』のユニットを起動させ……汀、テメェにアタックだ!」
「俺様て」
歩夢のツッコミは妙にヒートアップする場の雰囲気に流され、宣言どおりにかざされた『銃口』は、汀と呼ばれた例の乱入者へと向けられた。
「ブロックだっ、『キャプテン』!」
また小うるさい甲高い声で少年が命じる。通じたのは意思か、音声か。
海賊船の船長じみた格好の怪人は、射線の前に飛び込んだ。発射された光の弾丸よりも速く割り込んできたソレは、その攻撃をすべて受け切った。
火花がその胸板や肩口で爆ぜる。金属質な音が響くも、これといったダメージは見受けられない。
にも関わらず、
「ぐっ!」
と少年は顔をしかめつつ、でありながらも、
「へっ、そんな一辺倒な攻撃が通じるかよ!」
と汀は得意げな表情を浮かべてうそぶいた。
「いや、だったらなんでダメージ喰らった風なの」
このツッコミもスルーされた。
制限されたのは時間か、弾数か。
またある程度射撃を行ったホールダーが、ある時を境にピタリと停止し、攻撃が止んだ。
「……ターンエンド……ッ」
男は悔しげに呻いた。
――それでもやはり、どことなく、興に入っている様子が見受けられた。
その後、しんと沈黙が場に降りた。蝉の声が当然のように蘇りつつあった。だが、ふしぎなことに保健室内で過ごしていた時よりも、気にはならなかった。
その間、全員棒立ち。
やがて痺れを切らしたように、男たちが爪先で中庭の土を削り始めた。
「ほら、キミの番」
助け舟のつもりなのか、汀が耳打ちする。
「いや知ってるけど」
汀が終わり、敵の片割れの手順が終わった以上、自分のターンだ。
順を追い筋道を立てていけば、このゲームのルーキーたる歩夢にも分かる。
だが、軽く両腕を持ち上げて少女は宣った。
「このまま何もせずいれば、戦いは続行できずに平和が生まれる」
……などと。
なるほど、と一瞬少年は理解しそうになって
「いやいや、そんな武道家の悟りめいたコト言って煙に巻かないでよ!」
と苦情を言い立て、「そうだそうだ」となぜか敵側も同調する。
「それじゃ練習になんないだろ?」
と、クソ鳥も背後から他人事のように囃し立てる。
さてはこいつ、ガラス避けに使ったことをまだ根に持っているな、と歩夢は踏んだ。
「…………」
最早言っても無駄なことは何も口にすまい。
『軽歩兵』の駒を差し込み、空中に光の剣を展開させた
むろん、やる気のない攻撃である。標的を定めない雑な攻め口、事務的で単調な軌道。むろんそれはたやすくかわされる。
「へっ、痛くもかゆくもねぇぜ!」
(そりゃあ、当たってないし、当てる気ないし)
最低限の役割を果たして、すごすごと歩夢は靴を履いたままに室内に引き下がった。
「やる気も力量もねぇ相棒を持つと苦労するなぁ、汀! 次は俺様の」
と、言いさした瞬間、早くも後退の兆しを見せる前髪がふわりとわずかに持ち上がった。風を感じただろう。だが次の瞬間彼が感じたのは、硬い鉄の感触と重さだっただろう。
スレッジハンマーのごとく、細い棒に分厚い板の張り付けられたもの。保健室にあるものでその形状と言えば、身長計に他ならない。それが顔面に激突し、ごひゅっ、という不健全な呼気とともに鬚面の男が仰向けに倒れた。
「なっ、なんだぁっ」
とその片割れが驚愕するのも一瞬のうち。今度は彼の鼻面に見舞われたのは、もとい保健室内に入って凶器を物色していた歩夢が投げつけたのは体重計であった。
いずれも身体強化の恩寵を得た歩夢から繰り出された投擲であって、その威力……そもそも持ち上げる腕力自体がもはや一般的な女子高生のそれではない。
とはいえ向こうとて強化されているのだから、昏倒はしても命までは取るまい。『衛生兵』も所有している。
ホールダーによる攻撃が封鎖されているなら、物理で圧せば良い。それが中断もボイコットも許されない少女の解答であり、この異常にお気楽な状況における精一杯の抵抗であった。
「ってオーイ!!」
その歩夢の決断に異論の声をあげたのは、レンリであった。
「なに?」
「ノってやれよ、ルールは守って楽しく試合してくれよ!? こんな残虐ファイト、今日びヒールレスラーでもやんないよ!? だよな、汀……とか言ったか」
「いやまぁ、良いんじゃないの? そんなもんオレが楽しめるように設定しただけだし、マナーを破って奇襲仕掛けてきたのはそもそもこいつらだし」
「あらやだこのコ意外とリアリスト!?」
同意を求めて来たカラスに驚く様子も見せずに、後頭部に手を回しつつごく自然体に受け答えする少年。そんな彼に、室内から士羽は冷ややかに、かつ迷惑そうに声を伸ばした。
「ここは、駆け込み寺ではないのですがね……深潼汀」
「似たようなモンだろー?」
散々に巻き込んでおきながら、悪びれることなく、だがそれら一切が許されて流されてしまうような、嫌味も屈託もない感じで少年は白い歯を莞爾と笑いかけた。




