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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第一章:ウヅキ、胎動
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(7)

 ――この異常な世界は、『黒き園』は、あの剣の周辺は、時間の歪みさえ生じさせるのか。人体に影響を及ぼすのか。

 専門知識のない彼女には知るべくもないが、とりあえず所感としては、自分は今、腹が減っている。


 チョコバーの包みを開け、口にくわえる。サクサクと噛み砕く音が、ほぼほぼ人気のない校舎の屋上を独り歩きしていた。


 口を動かしながらも絶えず視線を配り、校内外を観察する。


 もちろん、あてもなくそんな不毛なことをしているわけではない。

 新入生が何かに憑かれたように『旧校舎』に迷い込んだ、などという情報さえもたらされていなければ、乞われたってこんな魔境に来るものか。


 ゆったりと、だが一分の抜かりもなく四方を見回していた少女は、野ネズミを捉えた鷹のように、その瞳を一点に向けて開いた。


 校内の一角、その一階を、一瞬の光が閃いた。

 やがてそれは注視するまでもなく断続的なものとなり、ひときわ大きく咲いた光の中から、ふたつの人影が輪郭を持って飛び出した。

 並走する一組の男女は、時に空を切る剣を防ぎ、伸びる蛇の牙をしのぎ、雑音を容赦なく発しながら廊下で応酬を繰り広げていた。


「なんだありゃ」

 呆れとも驚きともつかぬ声が、咀嚼を終えた口の中から自然とこぼれた。その呟きに反応してか。同じく哨戒していた彼女のCYタイプのストロングホールダーは、足下に寄ってきた。


 牛の造形を施されたそれが四つ足を突いて自走する。それこそ、牛の鳴き声のようなモーター音を響かせながら。

 その様は、かすがいというか、ちょうど凹の型を上下ひっくり返したようにも見える。


 二口、三口と残りのチョコバーを噛み進め、かすかに漂うカカオの香りもろとも飲み下す。

 と同時に爪先をその牛型ガジェットに引っ掛けると、自分の目線の高さまでやや乱暴に蹴り上げた。


 掴んだ腹側には専用のソケットがあり、そこに、双眼鏡のキーホルダーのついた白い鉄片を突き立てた。


偵察兵(スカウト)


 抑揚のない合成音声が鳴るそれに耳と口元を近づける。大昔の携帯のようで不格好だが、通常の電波の動きを阻害するこの領域において、外界とコンタクトを取る手段はこの『転換器』のみだ。


〈見つかりましたか?〉


 連絡が取れるなり、第一声がそれである。前置きや社交辞令は一切不要。そんなスタンスの『彼女』に、普通科二年、的場(まとば)(めい)はやや投げやりに返した。


「見つかったけど、おかしなことになってる。映像を送るから判断頼む」


 こちらも、遠慮や敬意とは無縁の物言いだった。

 彼女好みの、ごくシンプルな情報伝達。だがそれに対するレスポンスはいつもに比べ倍以上かかっている。


「おい、ちゃんと届いているか?」


 念を入れての、確認。

 鳴の背には、彼女の頭ほどあるレンズが展開している。それが、そのままカメラの眼となる。挿し込まれた、いわゆる『鍵剣』状のユニットから抽出したリソースを、通信データを保護するプロテクトとして加工。妨害を受けることなく外部へ転送する。

 その通信速度は、あくまで鳴の実感ではあるが素人が飲み会の様子やゲームのプレイ動画を生配信するのと何ら変わりはないはずだった。


 音声にも、乱れ(ノイズ)はない。

 とすればこの数秒間の沈黙の理由は、映像データが遅滞しているか。でなければ、


「…………」

 ――この状況を、彼女もまた呑み込めずにいるか。


 おい、ともう一度呼びかけようとする。だが、その前に受話器ごしの彼女は命じた。


「基本的な方針に変わりはありません。その新入生は確保。彼女の因子を狙う賊や『レギオン』はそれぞれ撃退。不可能であれば彼女の保護を優先しその区域を離脱。その時々の判断は、貴女に任せます」


 私に迷いなんてない。そう言いいたげな速さと鋭さでもって。


了解(リョーカイ)。つまり、丸投げってことか」


 忌憚なく毒を吐く。文句が飛んでくる前に、キーを引き抜いて通信を切断する。

 自身の肉眼をもって、あらためて視認する。


 十数メートル先の窓の向こうで、例の小柄な新入生が足を止めて蛇男と対峙している。

 LSタイプに盗賊の鍵。悪さをしているのは二年の桂騎か。


 対する彼女は、おそらく体外に精製されたばかりのユニットを使っているのだろう。

 肉体そのものはその恩恵によって強化されているが、攻撃方法は突撃一辺倒で、その唯一無二の攻めにしても、愚直きわまりない。

 明らかに力を持て余して振り回されている人間の動作だ。


 桂騎は防戦一方、という体でありながら、それを適当かつ的確にいなしている。

 あの賊徒にしてみれば、今は怖いもの知らずの犬に吠えたてられている熊のような心境なのかもしれない。予想外の反撃に今は当惑しているが、じきに力の限界点を迎える瞬間を、気長に待っていると、そんなところか。


「……」

 彼女があの鳥型のストロングホールダーをどこから入手したかは埒の外に置いて、思考する。

 鳴の手には、二種類の鍵が握られていた。

 矢の飾りのついたものと、弓と矢の飾りがついたもの。

 白と赤。

 鍵溝とも言うべき回路に一本の矢が直線的に刻まれたもの。弓と矢が十文字を切るように組み合わされた刻印。


 これらのユニットから抽出されたエネルギーは位相のズレを修正できるから、狙撃自体は可能だ。

 だが、肝心のターゲットが羽虫のようにさかんに動き回るせいで、遠距離から確実に当てる自信はない。

 おまけに素人の動きだから、次の瞬間にはどう動くかまるで読みがつかないときた。


 鳴は深く息を吐いた。トランプの棄て札を切るようにして赤い方のユニットをしまうと、白羽ならぬ白刃の矢を牛の腹に押し込める。


軽弓兵(ライトシューター)


 低く音を鳴らすそれが光の弦を頭と尾の間にくくりつける。

 挿した鍵の形に合わせて一張の短弓となったそれを肩に担いで、傍観者を気取っていた少女は短めのスカートを切り返し、校舎の中へと入っていった。

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