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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第六章:灘と、ナギサ
77/187

(1)

 夏である。

 アブラゼミの合唱と、毎年のごとく何かしらの記録を更新続ける猛暑がじわじわと日常を侵し始めていた。


 そんな中、剣ノ杜学園の普通科二年生は、体育の合同授業。体育館ではクラスの垣根を越えて集まった女子生徒が準備運動をしていた。


 汗ばむ背を押し合いへし合い手脚を伸ばす彼女たちの内に、賀来久詠はいた。


 男子からの視線より保護する代わり、締め切られた室内。いかに広くとも閉ざされたスペース制汗スプレーが充満し、むせ返りそうになりながら、真顔で組まされた相手を見、そして


「なんか、シュールな光景ね……」

 とこぼした。


「別段、不思議なことでもないでしょう」

 学校指定の体操着をごく普通に着こなす賢人は、常のごとく冷ややかな表情。長い髪のみポニーテールに結上げている。彼女……維ノ里士羽は二人分の道具を受け取り、その片割れを久詠の鼻先に突き付けた。


「私()、まだ十分にティーンですから」

「……」

 久詠は高い鼻筋を逸らすようにしてそれを奪い取った。


 競技はバドミントンである。

 部に属している一部の生徒は組まされた相手の指導員と化したり、あるいは経験者同士で本格的なラリーをしたりしている。

 ではそうでない者にとってこれは果たして将来的に意味のある運動なのかという疑問も当然のように生じてくるが、それでも何も考えずに肉体を駆動させるというのは、シンプルにストレスの発散になり得た。


 それにしても、と久詠はチラリ対手を見遣る。

「貴女、ひきこもりのくせに存外動けるのね」

 と、冷笑を浮かべつつ、意地の悪いコースを攻めた。

 だがこれも士羽はなんなくキャッチした。


「習慣のようなものですよ。『現役時代』の癖で、ある程度身体能力を保持していないと落ち着かない」

「へぇ」


 打ち上げたシャトルがどちらともつかない、微妙な距離感で浮かび上がった。明確にエリアを線引きするネットは、彼女たちの間に存在しない。

 迅速な片付けが出来る経験者のみに許されているというのが暗黙のルールだ。


「貴方も、たまにはこうして自分の身体を動かしてはどうですか?」

 打ったのは、士羽よりだった。


「雪駆け回る駄犬を、エサで釣って動かすのではなく」


 横合いから殴りつけるがごとき、強烈なショット。

 わずかにテンポを外すも、久詠は難なく撃ち返した。


「……何の話だか」

「別に、聞き流すのならそれでも構いませんよ。私にとってはどうでも良いことです」


 一度加速した勢いは、もはや緩めようもなかった。

 自然両者の動きも、縦横無尽に飛び交う羽細工も、攻撃的なものに転じていく。


「ただ、あの『会長(バカ)』の世話役を押し付けてしまった後ろめたさもありますから、忠告しておいてあげますよ」

「後ろめたさだぁ?」


 久詠は周到に『敵』を出し抜かんとするも、士羽はそれを読んで淡々と返していく。むしろ変則的な自身の動きに、久詠はかえって足を取られているようでさえあった。


「アレを、甘く見るな。自分もまた、ある程度の悪戯を許容された飼い犬であることを、忘れるな」


 その応酬が佳境に達した刹那、今度は士羽の側より奇襲的なスマッシュが繰り出された。


 直前の無理な姿勢からの不意打ちによって均衡を崩していた両脚の間をすり抜けて、シャトルは体育館の板張りの床に叩きつけられた。


 気がつけば、彼女たちのラリーはネット組よりも衆目を集めていた。

 薄く沸いた汗を拭い、体操服の裾を軽く整えてから、士羽はゆったりとした所作でシャトルを拾い上げた。


 ちょうど組み合わせが隣にスライドする時間だった。

 彼女たちの新たな相方は、薄ら寒そうな表情を浮かべて強張った声で「よろしくお願いします」と挨拶する。


 だが、久詠はどう見ても文化部な自分の相手役に、柔和な笑みを取り繕いつつも、後ろ手に回したラケットを握力でギシギシと撓ませた。

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