(19)
「龍騎士?」
歪な笑みを浮かべたままに、久詠は問い返す。
理屈では、恥も外聞もなく詫びるか、必死かつ全力で離脱するのが妥当だろう。だが先に吐いた己の唾に足を取られるがゆえに、彼女は葛藤を隠さず踏みとどまった。
「どう考えても乗られてる方でしょう、が!」
不意打ち気味に仕掛けた『百人長』の特攻は、大盾で押さえつけるように突撃を仕掛けてくる。
いわゆるシールドバッシュをもって肉薄する鉄人は、そのまま竜の咢を封じた。
そこから狙いを一極化。目当ては装備が施されていない左腕。
体勢を整えるより速く残りの全機が殺到、あるいは射撃を加えんとした。
敵ながらにして抜け目がない。自分を超えた位階に対しても必要以上に怖じることがない。隙がない。瞬時に戦術を打ち立てて一気に勝負を決めようとする。その判断自体は、優れたものだったと言えるだろう。
だが、にわかに灰色がかった青い光輝が、右腕の辺りで爆ぜた。
竜口から発せられた妖しげな色を帯びた爆炎が、その兵を一息で吹き飛ばし、その火力で粉砕したのだった。
それだけではない。その焔は涼の左腕をも飲み食らい……否、保護して爪のような輪郭を形作る。
その腕をまるで慣れたような調子で振り回す。
常にはデバイスを鈍器として戦うのが常ではあったが、その重量が抜けた分、振りが速い。瞬時に、縦横無尽に爪を振るえば、グレード3に冠する精鋭たちが一斬にも耐えることができずに両断され、そして爆散した。
元の鍵に戻った久詠の手駒が、雪上に落下していく。
それを、青ざめた様子で久詠は見つめていた。
緩やかな足取りで、その彼女を追い詰めていく。
「わ、悪かったわよ……ちょっと悪戯が過ぎた。反省する」
口ばかりの謝罪。今度こそ、何女は間違いなく逃走を選択している……はずだった。
だが真月は気がついた。後ろ手に回して見え隠れする彼女の腕部のデバイス。そこにすでに新たな鍵がフルで装填されていることに。
おそらくは『伏兵』。彼女の間合いに入った瞬間、涼の背を刺す腹積りだろう。
あの乱戦で、本当に隙がない。
それが偽りの敗北であることを忠告するべく真月は顔をもたげた。
だが涼の眼差しに容赦も寛容もない。淡々と必殺の準備を組み立てていく。
火の消えた左手で龍の鎌首に据え置かれた鍵を回し、押し出されるように吐き出された火炎が渦巻く。
〈ドラゴンライダー・ヘルファイア〉
常より低く淀んだ音声と同時に、彼は右拳を雪原へと叩きつけた。
その接点から白雪の中に鬼火が埋められる。
刹那。その雪中不覚より青い火柱が上がった。
その熱が今まで積もるばかりだった雪を溶かし、決して肌を見せなかった凍土をめくり、焦がす。
巻き上がる業火の中に、潜伏していた『伏兵』たちの影があった。
無論、彼らは物理的に雪中に隠されていたわけではない。世界の、次元の裏側と言うべき別の位相に在って、一定のリアクションに反応して自動的に攻撃を仕掛けるはずだ。
その次元の壁をも破壊するほどの、純粋なエネルギーの発破。
「俺は怒っている。だが一番、腹が立つことは」
涼の左手に、散った鬼火が結集する。再び燃え盛る。龍爪を形作る。
先より倍に、五倍に、十倍に。
それこそ宙に浮かび上がったレギオン達を、ことごとく呑み尽くすほどの。
「彼女をここまで追い込んでしまった、己が不甲斐なさだっ!!」
いつにない感情の激発。それとともに、爪を虚空に振り下ろす。
二本の火柱に対してレギオン達が逃れられようはずもなく、挟まれ、擦り潰され、焼かれて塵芥と化していく。
「きゃあああっ!?」
そしてその爆風を受けて、彼らを操っていた賀来久詠もまた、彼方へと吹き飛ばされた。




