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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第五章:ヒョウリュウの、教室
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(18)

 彼がここまで急がせていたSCタイプの『ストロングホールダー』の駆動音が、鈍く唸っていた。

 それこそ敵に食ってかからんとする獣のごとくに。


「……そう怖い目で睨まない欲しいわね。貴方の考えてることはただの勘違い……なーんて言い訳、通るわけもないか」

 計が破れ、自身の悪事が露呈してもなお、何も悪びれることなく、久詠はふてぶてしく笑った。


「まぁ良いわ。今日のところはここまでで勘弁してあげる」

 などと抜け抜けと、あからさまな上から目線にて言って退こうとする。


「このまま帰れると思うのか?」

 真月の身柄をそっと下ろしながら、涼が低く問う。

「相応の責任は取ってもらうぞ」


「貴方こそ、止められるとでも思ってるの?」

 せせら笑う久詠の前には、屈強な鉄人たちが立ちはだかる。


「言っておくけど、私の『指揮官』はグレード4。あんたの『龍騎兵』と同じ。それに加えてグレード3の『レギオン』。質の上は互角としても、量においてはこちらが上」


 そう誇りながら、おちょくるかの如くあえてゆったりと距離を取っていく。

 追わねばならない。彼の言う通り、たとえ『委員会』に睨まれることになっても、身柄を抑えて然るべき責任を取らせなくてはならない。

 だが、目に見えた挑発でもあった。だからなのか、涼も容易には追撃を仕掛けなかった。


 それを見越してなお煽るかのような、得意げな所作と口ぶりは続く。


「戦いにおいては六分の勝ちと四分の負けと最善とするって言うわよね。まさにお互いに退くしかないような今の状況のまま別れることがベストじゃなくて?」

「六分の勝ちが、お前か?」


 そう低い声で聞き返し、涼は一歩進み出た。


「勝算など、関係ないほどに、いま自分は怒っている」


 おもむろに言い放った、普段の白景涼らしからぬ感情的な言葉にも、久詠は臆することがない。むしろ、彼女は傲然に嗤う。

 打算も抜きに掛け値なしに、そして侮蔑的に。


「あらそう怒ってるの? それでどうするのかしら? 貴方たちに配給される擦り切れた少年マンガよろしく、パワーアップでもしてくれるのかしら?」

「自分は、俺はいつも耐えている」


 彼女の嘲弄を遮るように、涼は言った


「酷寒にも痛みにも、終わりの見えない戦いにも。お前たちや『西棟』の不当な要求にも。己に対する愚弄にも。ずっと長い間耐えてきた。そして、同胞たちのためならば、幾年でも耐え続けて見せよう」


 宣言と共に、彼は自身の『龍騎兵』の駒をバイク型デバイスより抜き取って握りしめる。

 割らんばかりの握力で、真月の耳にも聞こえるほどの軋みがあがる。


「……そして同胞たちのためならば、その怒りを、解放しよう」


 刹那、彼の手中で、その鍵に、猛獣に噛み跡のごとき大きな亀裂が入った。


「……は?」


 脱殻する雛よろしく、そこから溢れ出した流動物が涼の広げた、もう一方の手の平の上に落ちる。外気に触れて結晶化し、凝固した火山丸のような黒い結晶に。そこからさらに無駄な部分から剥離して鍵となる。


「……は?」


 呼気から発するに、賀来久詠が世界と自分の正気を疑ったのは、ここに至るまで都合二度。

 この冷淡な策士気取りにとって、あってはならぬことだった。

 それこそ少年漫画のヒーローのようではないか。


 起こりえぬから奇跡という。

 起こりえぬから彼女は嗤った。


 だが、そう不思議なことではないように、真月はぼんやりとした意識の中で感じていた。


 『ユニット・キー』は神経を持つ鉱物、一種の人工頭脳である。

 ユーザーの掛けた物質的、そして精神的な負荷。

 現実世界では考えられないほどの戦闘経験。

 新たな段階に繰り上がるための条件が揃ったのがまさに今。

 それこそ、皮肉にも、久詠が彼とその仲間たちを嘲笑したことが引き金となって。


 唖然とする彼女をよそにそれは、蝙蝠の如き翼を拡げて飛翔する龍と、騎士。そして三本の剣というシルエットを鍵の尾に彫造した。


 新たに生成された鍵を再びデバイスへとスイングする。

 強力な磁気でも帯びたかのように、彼の手を離れた紅鍵は寸分たがわずその鍵穴に吸い付き、ホールダーは鈍い唸り声をさらに大なるものとした。


 ――咆哮。激してもなお寡黙な彼に代わり、その愛馬が荒ぶる。

 否、それはもはや龍の名ばかりを借りた騎馬にはあらず。


龍騎士(ドラゴンライダー)劫焔(インフェルノ)形態(モード)


 来るべき次の段階に備えてホールダーのブラックボックス内に忍ばされていた、最強の力を受け入れるためのプログラム。それがスタートアップし、鉄の悍馬は黒鋼の飛竜へと形を変える。

 大きく両翼を展開させて高らかに灰色の空へと舞い上がるや、そのまま主の右肩に着地し、鋭く爪を食い込ませ、自身を固定させる。鱗が拡張し、竜の咢はその上をレールのごとくスライドし、手の甲のあたりまで落ちてガントレットとなった。


 ――グレード5『竜騎士』。

 北天の守将が、大いなる責任と力を、再び架せられた瞬間だった。

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