(17)
南部真月の敏捷さは、敗戦の後の連戦となっても、喪われることがなかった。
熟達のミッドフィルダーのようにグレード3の人造レギオンらの合間をすり抜け、無防備となった本陣……賀来久詠自身へと飛びかかる。
「『伏兵』、グレード3『エリートスナイパー』」
ばちりと女が指を鳴らす。
次の瞬間、くるぶしの辺りの痛覚を鋭く刺激された。
背後から狙った光弾が、真月のその部位を的確に穿ち抜いたのだった。
振り返り射線をたどっていくと、長尺のライフルを指にかけた顔のない狙撃手が、雪の中より這い出てきた。
「事前に準備ぐらいしておくに決まってるでしょ」
風穴は空けられなかったが、それに相当する痛みが少女に悲鳴を上げさせた。
おそらくは、実際にそうすることもできたのだろうが、それでは歩夢たちの仕業に見せかけられない。
そこからはまさに数と質の暴力だった。
元より先手を打っての奇襲以外に、グレードで劣る『猟犬』単独で勝算などなかった。それを読まれて足を撃ち抜かれた。
そして即座に頭を撃たず足を狙ったのは、唯一の長所であるスピードをまず奪うため。
……そのうえで、徹底的に嬲るため。
おそらくは、白景涼の憎悪を過剰に煽るため。
となれば、自分が迎える結末も容易に想像がついたし、その想像に現実が近づきつつあることを、彼女は身をもって痛感している最中だった。
包囲され、リンチされ、精一杯の抵抗も、正攻法となっては敵の一体たりとも通用せず、やがて身ぐるみを引き剥がされるように獣の装甲は耐久ダメージを超えて強制解除を迎えた。
あぁ、とか細い悲鳴と共に、彼女の身体が命ぜられるまでもなく膝を折る。異界にあっても変わらぬ重力により、雪原に身体が横たわっていく。
なのに感覚だけは鈍麻し、あるいは鋭くなったが故に、その視界はスローモーを利かせて、自身の敗北の姿、最期に見ることになる世界の情景を克明に映し出す。
無数の怪物たち。誰にも見送られることない孤独の銀世界。その中心で勝ち誇る悪魔めいた女。
怒りも悔しさも、はや通り越している。
最期に残ったのは、懺悔であった。
(先輩、ごめんなさい……)
足利歩夢の言うとおりだった。独りよがりで自分の後ろめたさのために先走って余計なことをした。その結果、救おうとしていた彼を修羅の道へと落とそうとしている。
それに抗う時間も術もなく、他の者と同じように、眼前に近づきつつある氷雪はその儚い命と体温を奪っていくのだろう。
全てを諦め、投げ出さんとして、目を閉じた刹那、自身の身体はその前に抱き止められた。
支えられたままの腕が真月の腰を巻き込んで、自身のそばに寄る。
それは自分の未練が呼び起こした今際の空想か。
否、それはきっと現のことなのだろう。
あのひとが、来た。
彼は、きっとこの雪と同じだ。
同じように清く、等しく包み、遍く救う。
たとえそれが、見ず知らずの来訪者であっても、自分に迷惑をかけた馬鹿な後輩であっても。
白景涼は、そこに駆けつける。




