(14)
「違うって、まさかコイツ……」
「なんか、違和感あったんだよ。ココのことを結構喋るわりに、自分をそこには含めない。だからピンときてハッタリかましたら、まぁものの見事にドンピシャだったわけね」
レンリの向けた眼差しは、ただ純粋に当惑を示していたものだった。歩夢のそれは、ただの見解に披露でしかなかった。
だが真月はそうは受け取らなかったようで、被害妄想に苛まれ、耐えきれなかったかのごとく、自身の鎖飾りの奥底に隠していた鍵を引き抜いて虚空に持ち上げた。
「『輸送兵』の駒……お前、自由に出入りできたのか」
「そうよっ!」
あえて問われたことで、真月の感情が爆ぜた。堰を切って自分語りを始めた。
「あたしがここに迷い込んだのは一年前! 嘘かほんとかもわからない、『旧北棟』のネタを探っててあの旧校舎に行き着いたっ! そしてあんた達と同じようにこの雪の中に入って『レギオン』化したところを、あの人たちに助けられた……そして、ガゼとかフィクションなんかじゃない、過酷な現実の中で彼らは生きていた……それなのに、貴重な『輸送兵』の鍵をあたしにくれて、帰してくれた……あんた達みたいにね」
怒りを歩夢へ、自分へ、四方八方へと発する。震えながらうつむく。
獣の面の奥底から轟くその声が、涙で濡れていた。
「こんな事実、誰に喋ったって理解されないっ! 支援するにしたって、たかが一高校生のできることなんてたかが知れてる! 誰にも認知できないから公表どころか募金もできない! 『委員会』も、その背後にいる国家機関も見て見ぬふりよ!? じゃあこうするしかないじゃないっ! あたしが彼らのために出来ることなんて、こうして身を投げ打って汚れ役を買うことぐらい! だから……ッ」
「要するに、居心地悪いんでしょ」
歩夢の短い言葉が、ふたたびその場を冷気で支配する。
真月の自分の真情の綴りと、まったく文脈がつながらない。だがそれは、一段飛ばしで核心を突いたがゆえだろう。
事実、歩夢と対する獣の少女は、露骨に狼狽していた。
「自分だけがこの世界から自由に出入りできる。だから、申し訳なさでいっぱいで押しつぶされそうだから何かしないと落ち着かない。そんなとこでしょ?」
「歩夢っ!?」
レンリが制止の声をかける。だが一度切り出したものを引っ込めては、互いに後味の悪さが残るだけだし、そこでためらうような厚情をこの女から受けた覚えはない。
なので、やる。言う。
何しろこれは、一連のこの流れは、正常な判断能力を奪うための露骨な挑発だ。
「その行い自体は否定しないけど、結局は自己陶酔と自己満足じゃんか。それを、白景のおっさんの頑固さにあんたは甘えて、押し付けて、悲劇のヒロインぶって恩を着せようとしてる」
無言。だが明確に呼吸は荒くなっている。彼女とて、それが見え透いた誘いであることは理解しているのだろう。彼女の精神の及ぶ限りの忍耐力で、歩夢の罵詈雑言に耐えていた。
「……あんたが始めた戦いでしょ。あの人らみたく、やるなら自分自身の責任と力でやりな」
「――それをお前が言うなぁッッ!」
が、その制動を打ち崩したのは露悪的な表現ではなく、歩夢としての率直な感想を告げた時だった。
その時にふしぎと頭に思い浮かんだのは、南部真月でも白景涼でもなかった。白衣を翻す、鉄面皮の女、そして両親だった。
女猟犬が雪を足裏でつかんで駆ける。
歩夢は足場の大盾を雪上に滑らせた。
そしてレンリは、彼女らの届かぬ高みへと再び放り投げられた。
高速で互いに肉薄する彼女らは、一瞬の金属音を鳴らしたあと、互いの位置関係を総入れ替えして落下した。
〈ハウンド・ハンティングチャージ!〉
〈ヘビーインファントリー・ファランクスチャージ!〉
互いの背越しに歩夢は腰の翼の、真月は腕の虫の首に差し込まれた鍵を回す。
雪中より、光り輝く白銀の鎖が三条伸びて、歩夢をを絡め取らんと迫る。
歩夢の大盾は、それらすべてを弾き返すような傾斜をつけて展開され、その隙間より槍衾が飛び出す。
雪原を自在に動き回る獣は、その反撃をことごとくかわした。
そして、その拙攻を嘲笑うかのごとくその槍を叩きのめして空中に飛散させた。
だが、
(ぜったいに、食いつくと思った)
それは案のうちだ。負けん気の強い真月のことゆえ、無用の弾き飛ばしをすると思った。
避けられるのであれば、避けるべきだった。敵の立場を想像し、彼女は苦々しく思うとともにその悪手に感謝する。
歩夢は盾の山を駆けあがって、空中へと伸びあがった。合わせて真月も飛んだ。
逃げ場はない。方向転換のすべはない――獲った。落下してくるレンリもろともに。
そう考えただろうが、すでに歩夢の狙いの内だ。
歩夢は飛び散った槍たち。その柄を自身の意思で固定し、手すりとして掴む。
最適化された肉体を、棒競技に挑む体操選手のごとく、あるいは熟練のサーカス団員のごとく、上下前後に回転させ、その勢いを駆って頭部を蹴り上げる。
獣は地に伏した。
それとは対照的に最速、最高度にまで達した時、歩夢は『重歩兵』の鍵を引き抜いた。
大半のリソースを食っていたデバイスが除かれたことで、処理能力がグンと跳ね上がる。むろん、物理的にも。
と同時に、『騎兵』の駒にも変異が起こる。
この寒風の中で馴らされたがゆえか。あるいは歩夢の『確実に仕留めたい』という意志に感応してのものか。
先に『重歩兵』を生み出したのと同様。駒から発せられた光の流れが腰の装置の溝を伝い、逆サイドの挿入口に新たな『騎兵』を生む。
その形状に、覚えがある。白景涼が的場鳴に貸与したグレード3。『コサック』。
北辺を駆け抜け、流浪したコミュニティの名を冠するそれをねじ回すと、冷気を固めたエネルギーを脚へと一極化させる。
「なんで……っ! こんなに速くグレードが成長なんて、あるわけが……ッ」
真月が身を起こしながら呻く。
〈コサック・ジェネラルフロストチャージ〉
球形を取ったそれを、思い切り踵を振り下ろして破裂させる。散った破片が銃弾の嵐となって真月を穿ち抜く。
肉体は破損させず、ただその手足を凍結させ、自由を奪う。
逆の脚に力が移る。その脚で真月の逆胴を強打する。
張り付く氷が、獣の装甲を引き剥がしてチョコ板のごとくもろく砕けさせる。
そして少女の姿に戻った彼女が、雪にまみれながら転がって、やがて動かなくなった。
「ぎゃんっ!?」
ワンテンポ遅れて、レンリが地面に墜落した。




