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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第五章:ヒョウリュウの、教室
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(10)

 『旧北棟』、二階、映像室。

 本来は棟外の監視を主目的とするその暗室では、大型モニターに白衣の女が映し出されていた。

 いかにもつまらなさげにそっぽを向き、指は苛立たしげにテーブルの表面を打って鳴らす。


「……経緯としては以上だ。むろんこちら側からの設備で彼女たちを送り返すことができるが、安全性の確保のため、外側からも座標を固定してもらいたい」


 白景涼は歩夢ら『遭難者』を伴って、彼女……維ノ里士羽にそう切り出した。

 電波、なのかどうかは知らないが、映像が一瞬乱れる。ノイズが奔る。

 

 現世とこの『黒き園』内部をつなぐ通信端末として、歩夢たちにも『通信兵』の駒が貸与されている。だが、この『旧北棟』においてはその波長さえも断たれる。こうして確たる設備でその機能を最大限で出力したとしても、こうして危うさを見せている。


 もっとも、その乱調はまるで彼女の、今の機嫌を表しているかのようでもあったが。


〈――私が、やるとでも?〉


 この酷寒の地にも負けず劣らず、冷ややかに士羽は言い放った。いっそこいつがここに送られれば良かったのに、と歩夢は思った。


〈自業自得ですよ、それらの苦境は。命令に背いて大局を見誤るような連中は、もはや私の部下でもなんでもない。そちらの部下にするのでも雪原に放置するでも処遇はお任せしますよ〉

「悪かったって、機嫌直せよ」


 鳴がそう嗜めたが、雪女は横を向いたまま無視を決め込んでいる。


「無駄だ。こういう女なんだ、こいつは」


 レンリが前に進み出て冷たく言い放った。

 角度的に互いの顔が見えるかどうかは微妙な塩梅だったが、側からみればちゃんと睨み合っているように見える。


「……が、取引には応じるぐらいの理性はあるだろ?」

 通信のスイッチに指をかけた士羽を、続けたその問いが止める。


〈取引?〉

「そう、お前が知らない情報を、俺は知ってる」

〈別に下手に出てまで貴方からそれを知ろうとも思いませんよ〉

「あぁ、俺が元々知ってる情報なら、遠からずお前は真実に行き着くだろうさ。だが、鳴もな、引きずり込まれる前に誰かを見たらしいんだが……な?」


 レンリは鳴に目配せする。唐突に話を振られた少女は、

「……まぁな」

 などと、憮然かつ漠然と同意する。

 歩夢は知らない話だった。真偽も定かではないし、十中八九はハッタリだろう。


 だがそれがまさかの奏功。士羽の指はスイッチから退き、音色を操るピアニストのようなリズムで、テーブルを連打する。


「どうせお前にとっちゃ大した作業じゃないんだろう? だったら安いもんじゃないか」

〈……〉


 指が丸まり、拳を作る。それでまた机上を打ち鳴らしていたが、最後に一度、大きく強くそれを振り下ろした。


〈……白景〉

「分かった。細かい調整はメッセージで送ってくれ。条件を伝えてくれればこちらで合わせる」


 その女のあまりに言葉足らずな態度だったが、同様にコミュニケーションに問題のある男は聡く、その意を汲んでいた。


 そして現世との通信は断たれた。


「……そりゃまぁ見るには見たけどな」

 鳴は呆れたように、ブラックアウトしたモニターを見つめた。


「たぶんあいつも監視カメラでその男を見てたぜ。良いのかよ」

「良いんだよ」

 懸念を示す鳴にレンリはそっけなく言い返した。


「この場合、あいつにとっては情報の中身なんかどうでも良いのさ」

「は?」

「重要なのは情報じゃなくて、許す口実。本当はそれほど怒っちゃいないが、自分が悪くないことに折れることができないから引っ込みがつかなくなってただけだよ。まったく、利口ぶった引きこもりはその実、同じ間違いを繰り返して何の成長も進歩もないからやだね」


 カラスは、そう言って小さく嗤った。

 距離感を間違えて色々と失礼なことを言うレンリだったが、なぜか士羽に対してだけは、意識的に風当たりが強かった。にも関わらず、彼女をよく知っているようにも思えた。


「はぁ、なるほどねぇ」

 相槌を打った鳴は、どことなく物憂げだった。


「ん、どした?」

 問い返すレンリに、ため息混じりに上級生は答える。

「いやなに、こうなっちまう前はあたしもそれなりにコミュ力で人望があったんだけど、まさか察しの良さで隠キャ鳥公に負ける日が来るなんて、と思ったんだよ」

「あんたはそのデカイ態度と胸なんとかしなさいよ」


 容赦なく罵声を浴びせ歩夢と鳴が睨み合い、涼がそれを傍観する中、レンリは言った。


「歩夢はともかく、俺は察しのいい方じゃないよ」


 短い後肢をペタペタと前後させ、出口へと一足先に向かっていく。


「むしろ逆だ。俺はあいつと同じだ。他人の気持ちを察するのが苦手で、そのせいで全部取りこぼして……」


 その撫で肩は、いつもより少し落ちているように見えた。


「……怖いんだよ、そうやって自分の殻に閉じこもって、大事なことを見逃しているのが。それが俺が神経質に他人のことを優先させようと努力する理由だ」


 その黒くて丸い、刺々しさなど皆無な体躯にそれ以上有無を言わせず、立ち入らせない雰囲気を滲ませて、カラスはその場を退出した。

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