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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第五章:ヒョウリュウの、教室
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(8)

 白景涼が退出した。後に取り残されたのは、女子ふたりと、意思を持たない異形の怪人のみである。


「……ちょっとォ?」

 テーブルに踵を投げ出しながら、久詠は恨めしげな声をあげる。


「全然ハナシが通ってないみたいなんですけど?」

「……ごめんなさい」

「まぁ言ってもあの調子だときき聞き入れないわよね。いくら貴女の頼みでも」


 でも、と久詠は立ち上がった。

 そして真月の手を取り、自分の代わりにソファへと座らせながら、首の後ろの背もたれに指を這わせる。


「貴女、事前に内諾したでしょう? 『もし人語を喋るレギオンが現れた場合、「ユニット・キー」と当分の物資や燃料を見返りに捕縛する』って」

「……追い込み役まであなただとは、聞いてませんでしたけど」

「それでも白景涼を引っ張り出してくることも買って出た。だったら、その埋め合わせぐらいはしてもらわないと困るんだけどねぇ」

「……あなたが、あんた達が……!」


 一瞬の沈黙の後、真月は震える声を絞り上げて、『委員会』のサブリーダーを睨み据えた。


「そもそもあんた達が、支援を盾にしなければ、こんな不当な扱いが許されるはずが」

「当然じゃない」


 真月の鎖骨のあたりに、久詠の指が這う。頭の横にぴたりと彼女の顔が張り付く。


「人材においてはこの二年間を耐え抜いた心身ともに強兵ぞろい。排出される駒は、この環境ゆえに特異性の強い希少種ばかり。けど我々()からの施しなしでは生きられない」


 少女の薄い肩肉に、痕がつくほどに指が食い込む。反して、耳元を囁きは低く重く、そして甘い。


「だったら、当然搾取するに決まってる。搾取されるに決まってる」


 真月は生理的嫌悪から全力で久詠を振り払った。

 だが、勢い余ってソファに手をつき、コートは肌蹴る。まるで暴君に押し倒された侍女のようだ。

 そんな奇妙な羞恥とをもに、真月は居住まいをただして、強張り揺れる声で問う。


「あんた、ほんとうに学生?」

 久詠は撫子然とした、美しい微笑とともに両腕を広げた。


「貴女とおなじ十代(ティーンエイジャー)に見えなくて、なんだと言うのかしら?」


 それからゆったりと襟元をただし、転がすような音調をもって改めて命じる。


「始末の時期は貴女に任せるけど、奴らが里帰りする直前がベストタイミングでしょうね。それまで私は雪見とかして時間を潰しておくから、せいぜい気張りなさいな、『室外犬』さん?」


 室外犬、という言葉に二重にかけられた揶揄は、真月を嚇怒(カッと)させるに十分だった。

 だが食って掛かる前に高笑いとともに久詠は部屋を出、感情も腕も空振りに終わる。


 空間が生まれた。時間が生じた。

 それらを少女は、気持ちと思考を整理するために用いた。

 だが、それは空費に終わる。

 もとより南部真月の中では、選択の余地のない苦悩であった。

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