(8)
白景涼が退出した。後に取り残されたのは、女子ふたりと、意思を持たない異形の怪人のみである。
「……ちょっとォ?」
テーブルに踵を投げ出しながら、久詠は恨めしげな声をあげる。
「全然ハナシが通ってないみたいなんですけど?」
「……ごめんなさい」
「まぁ言ってもあの調子だときき聞き入れないわよね。いくら貴女の頼みでも」
でも、と久詠は立ち上がった。
そして真月の手を取り、自分の代わりにソファへと座らせながら、首の後ろの背もたれに指を這わせる。
「貴女、事前に内諾したでしょう? 『もし人語を喋るレギオンが現れた場合、「ユニット・キー」と当分の物資や燃料を見返りに捕縛する』って」
「……追い込み役まであなただとは、聞いてませんでしたけど」
「それでも白景涼を引っ張り出してくることも買って出た。だったら、その埋め合わせぐらいはしてもらわないと困るんだけどねぇ」
「……あなたが、あんた達が……!」
一瞬の沈黙の後、真月は震える声を絞り上げて、『委員会』のサブリーダーを睨み据えた。
「そもそもあんた達が、支援を盾にしなければ、こんな不当な扱いが許されるはずが」
「当然じゃない」
真月の鎖骨のあたりに、久詠の指が這う。頭の横にぴたりと彼女の顔が張り付く。
「人材においてはこの二年間を耐え抜いた心身ともに強兵ぞろい。排出される駒は、この環境ゆえに特異性の強い希少種ばかり。けど我々からの施しなしでは生きられない」
少女の薄い肩肉に、痕がつくほどに指が食い込む。反して、耳元を囁きは低く重く、そして甘い。
「だったら、当然搾取するに決まってる。搾取されるに決まってる」
真月は生理的嫌悪から全力で久詠を振り払った。
だが、勢い余ってソファに手をつき、コートは肌蹴る。まるで暴君に押し倒された侍女のようだ。
そんな奇妙な羞恥とをもに、真月は居住まいをただして、強張り揺れる声で問う。
「あんた、ほんとうに学生?」
久詠は撫子然とした、美しい微笑とともに両腕を広げた。
「貴女とおなじ十代に見えなくて、なんだと言うのかしら?」
それからゆったりと襟元をただし、転がすような音調をもって改めて命じる。
「始末の時期は貴女に任せるけど、奴らが里帰りする直前がベストタイミングでしょうね。それまで私は雪見とかして時間を潰しておくから、せいぜい気張りなさいな、『室外犬』さん?」
室外犬、という言葉に二重にかけられた揶揄は、真月を嚇怒させるに十分だった。
だが食って掛かる前に高笑いとともに久詠は部屋を出、感情も腕も空振りに終わる。
空間が生まれた。時間が生じた。
それらを少女は、気持ちと思考を整理するために用いた。
だが、それは空費に終わる。
もとより南部真月の中では、選択の余地のない苦悩であった。




