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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第五章:ヒョウリュウの、教室
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(5)

「――成程。そちらの状況は把握した」


 歩夢たちは必要最低限、というよりも現状において理解の及ぶ範疇でこの異世界の支配者に説明をした。


 白景涼は短く答え、そしてそのまま窓に背を向け、コーヒーを飲み直した。


 十秒が経った。

 二十秒が経った。

 三十秒が経ち、そのまま一分台に突入した。

 沈痛な空気のまま、二分を超えた。


「……あの、なんかリアクションないんスか?」

 痺れを切らしたレンリが自分から切り出し、


「コミュ力ゼロだよこのオッサン」

 と、歩夢が指を向けながら辛辣な追い討ちをかける。


「しっ、失礼なっ!」

 ナチュラルに愚弄されても平静寡黙を貫く男に代わりに、真月が怒った。

「判断が難しいから深い思案の必要があるのよ! あと、先輩はまだ十七歳!」

「いや、先月で十八だ」

「食いつくのそこかよ」


 傍目から見て収拾がつかなくなりそうな空気を、レンリの空咳が止め、流れを変えた。


「で、『判断が難しい』ってのはやっぱり脱出の条件についてのか」


 真月は頷き、涼が答えた。


「気候条件自体はどうとでもなる。風や天候を操るキーなどは複数種類ある。大体の条件が揃った頃合いに微調整をかければ良い」

「前例があるような口ぶりからすれば、設備面でも問題ないってわけか。となれば問題が行き着くのは」

「グレード3の鍵」


 レンリと涼の言葉に割って入って、真月が言った。


「なんで。レギオンなんてそこらを駆けずり回ってたでしょ。狩ってくれば良いじゃない」

「簡単に言ってくれるわね」


 外の寒波もかくやという敵意を、真月は迂闊に顔を突っ込んできた歩夢に向けた。


「彼らだって元は人間よ。だから元に戻っても彼らがここを出るためにそれらを使わなければいけないわけで、数に余裕なんてあるわけが無い。一旦出た後に返してくれるなら良いけど、元の木阿弥になりたがるヒトなんていない」

「それにレギオンが排出する駒が必ずしもグレード3であるとも限らない。むしろ稀なことだ。だから大概は育成の必要がある」


 また、ここで問題として出てくるのがグレードである。

 いったいそれが何を意味するのか。まぁなんとなくは歩夢にも分かるが、それは既知の事実として彼らの間で話は進んでいく。


「……むしろ、質どころか量も不足してるぐらいなんだから」

 少し愚痴めいた調子で真月は言い、視線を外へと投げかけた。


「来る途中、不思議に思わなかった? どうして二年も隔絶されたこの空間で、燃料や食糧の補給が維持できているのか?」

「そりゃ……こうしてまがりなりにも出入りできる以上、外から運んでいるとか?」

「そう。でもそれは支援物資だけじゃ足りない」

「それだけじゃなく、運び手もな」


 レンリが補足したことで、歩夢もその難点に思い至った。

 こんな帰れるかどうかも定かでない場所に、ボランティアで行くような人間はいない。ゆえに、現代社会でどれだけモノが有り余っていようとも、それをここまで送り届けることができないと。


「だから運送料も兼ねて『買ってる』のよ。西棟からね」


 目をますますもって釣り上げて、まるで視線の先に見えない仇でもいるかのように小型犬は言った。


「それだけじゃない。彼らが生産・保有してるホールダーも、法外な値で売りつけてくる。最初はみんなで持ち合わせていたお金で買ってたけど、それももう尽きた。だから彼らは、今別のものを代価としている。……この銀世界で彼らが欲しがるものは、ひとつしかない」


 まさか、と漏らした歩夢が、実情を理解したと認識し、真月は答えをすぐに出した。


「そう、ここで生じる『ユニット・キー』。それを彼らは代金にしてる」

「本末転倒じゃん、それ」

「……分かってるわよ、そんなこと」


 ここから脱出するために鍵が必要なのに、それを彼女らは切り売りしているという。歩夢の忌憚のない所感を、真月は苦々しげに白い息を吐き出しながら肯定した。


「それでも補給が絶えれば明日の命さえ危ういの。たとえ公正な取引とは言えないような、一方的な搾取でもね」


 大振りな瞳に、歩夢の知らない感情をめいっぱいに乗せて、それを自分たちのリーダーに注ぐ。

 だが冬の王は、眠るがごとく瞼を下ろしたままだった。


「そんなわけだから、判断は難しいと言ったの。貴方たちがグレード3以上の駒を持っているなら話は別だけど」

「……こっちには『衛生兵』がある。けど」

「それだけだ」


 レンリの話を遮って、部屋に乱入者が現れた。

 的場鳴。どうやら旧友の容体が安堵されたようだ。

 かすかな、だが典子がレギオンにされてからずっと続いていた彼女の動揺はすっかりとナリをひそめ、確たる意志がその双眸によみがえっていた。


「残念ながらあたしは持ってない。もちろん典子もだ。――不躾を承知で頼む。せめてもう一個、典子に貸してやってくれ」


 そう言って、ふだんは飄々とした女が、マジメくさった様子で深々と頭を垂れる。

 当惑と苛立ちをもってそれを出迎えた真月は、決して首を振らなかった。


「『ユニット・キー』それ自体が、生命線なのよ。他人に命綱をちぎって渡す迂闊なのがどこにいるっての」


 白景涼が薄く目を見開いた。

 中のコーヒーが寒気ですっかり冷めてしまったのか。あるいはすでに干してしまったのか。

 陶器のカップをデスクに置くと、重みのある音が響いた。

 そして無造作に引き出しを抜いて、奥まった空間をまさぐったかと思えばぞんざいに、鳴へと向けて放り投げた。

 それは、騎馬像と雪の結晶二つが飾りとして取り付けられた、群青色の鍵だった。


「『コサック』のキーだ。グレード3に相当する。それを使え。ただし少し待て。お前たちのホールダーを寒冷地仕様に改造する必要がある。でなければ、また凍り付くぞ」


 ――居た。

 命綱をちぎって、見ず知らずの他人に貸与する、真月の揶揄したような愚か者が。


「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「あくまで棟の備蓄ではなく自分の私物だ。問題はないだろう」

「大アリですっ! 先輩が保有しているのは戦力なんですよ!? 今後の作戦行動に支障が出ることは明白ですし、ポッと出の有象無象にくれてやるなんて、みんなに不公平感が出るに決まってるじゃないですかっ!」


 身内にも、その部外者にも辛口な評価を下しつつ、頭髪を逆立てるようにして真月は諫める。

 そこには副官たつ自分に一切諮ることもせず、独断で重要事を決めた涼に対する憤懣がありありとにじみ出ていた。


 だが、その『旧北棟』の長が呈したのは、


「真月」

 と少女を呼ぶ名と、


「彼女たちは、ただ巻き込まれただけの被害者だ」

 という、必要最低限の情報量ではあるのだが、この決定を覆す意志など今後一片たりともないという、意思表示であった。


「……それは、()()()()だって同じじゃない」


 真月の反論はかぼそく小さく、でありながら恨み言めいていたが、面と向かって非難するほどの力強さは感じられなかった。ほぼ独語に近いものだった。

 その後、何度か同じような語調で繰り言を口の中で反復していた彼女ではあったが、それでも歩夢たちを伴って、生活空間の確保やその周囲の人間へのあいさつ回りなど、細かくサポートを続けてくれた。

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