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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第五章:ヒョウリュウの、教室
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(4)

 白景涼が腕を大きく、かつぞんざいに振る。


〈龍騎兵・進撃(アドバンス)形態(モード)


 そこに張り付いていた重火器は再びバイクへと変形して雪原に落ちた。来た時には首にかけたままにしていたゴーグルを目に当ててまたがり、そのまま駆け戻って行った。

 そして促されるままに、後続のジープ数台に分かれて、歩夢たちは、人間に戻った元(レギオン)とともに荷台や助手席に積載されることとなった。


 先行するバイクよりはかなり劣るスピードだが、歩く時よりもはるかにマシで、かつ文明に近づいているという実感があった。文句をつけるならば、風もあってかなり冷え込むことか。


 そうして着実に要塞に近づいていくと、たしかにそれは古い校舎であったことが分かった。しかし、その外壁はまるで怪獣にでも引きちぎられたかのように無残で不規則な断面をさらしている。

 鉄をむりやりにつなぎ合わせて、外的や風の侵入を妨げる門扉。引き開かれてその内部に入ると、校舎の庭園であった場所は仮設テントやプレハブがひしめいて、そこから顔を覗かせた人々や、行きかう人々は乾いた目で、そこで停まった歩夢たちを見返していた。


「目ぇ怖」

「男も女もゲームオブスローンズに出てきそうな顔してんな」


 だがその誰もが、何かしら荷物を持っていた。あるいは運搬や工作作業の最中で、手足だけは絶えず動かしている。

 テープ張りされた窓ガラスの向こう側でも、絶えず金音が響き、火花が閃いていた。


 おそらくは、ここで暮らす人々に休息などあるまい。その全員が作業員で、一日でも誰かが何かを怠ければ、たちまちにその機構は破綻する。そしてそんな暮らしに不平を言ったり作業を放棄したりする人間は、とうに淘汰されて生きていられまい。誰が罰するでもなく、この環境に殺される。


 ――おそらくは、そういう場所だった。


「二年前、彼らはここに飛ばされた」

 南部真月、といったか。

 例の小型犬の少女は降車を促しながら歩夢に語りかけた。

 そのまま、医務室へと井田典子その他を運び、ベッドで寝かせると、鳴が付き添うと言って一端別れた。

 そこからはどこへ向かっているのかは知らされず、黙々と廊下を歩かされ続け、階段を時折上がる。

 その道中はもはや学び舎としての原型を留めておらず、魔改造されまくってさながら世紀末(ディストピア)で戦うレジスタンスのアジトの様相だった。


「『翔夜祭』に招かれた中高等部の在校生、そしてゲストたち。彼らは難を逃れるために北棟へ逃げた。けれども、その上帝剣の影響でその棟自体が変異してまったくの異空間として隔絶されてしまった。以後、彼らはここでの暮らしを強いられている」

「いや、出ればいいじゃん」

「かんたんに出られたら、苦労はしないわ」


 貸与された防寒着にもこもこと首を埋めながら問う歩夢を、見た目に反しておそらく上級生であろうこの少女は厳しい眼で睨み返した。


「貴女たちのようにたまに何かの間違いで本校から紛れ込んでしまう人は結構いるわ。けど、この空間から出るのは難しいのよ」

「なんで?」

「脱出用のワープホールを形成するには、三つの条件をクリアする必要があるの。一つは、ストロングホールダー。第二にグレード3以上の『ユニット・キー』。出る人間がこれらを身に着けて磁場を確保する必要がある」

「グレード?」

「それについては後から説明してやるよ」


 歩夢のコートから顔を覗かせながら、レンリが言った。


「話の腰を折って悪かったな。続けてくれ」

「……えぇ」


 歩夢は少し気にかかることがあった。

 レンリに対する真月の反応が、薄過ぎる気がする。いや、見た目に反して常識的な物言いにはだいぶ戸惑ってはいるようだが、その存在自体に驚き、疑問を呈する気配がなかった。

 この酷寒で感情が鈍磨しているのか、その程度で心揺るがないほどの肝の太さが養われていたのか。あるいは前例でもあったのか。それとも……


「そして最後に気候条件。もっとも、ここはいつも曇ってるから吹雪の強さとか風の向きとか、まぁそんなところだけど。その三つがそろったところで、ホールが開けられるのはせいぜい数分程度。その間に脱出できるのは十人出られれば良い方。一度閉じてしまえば、また条件が揃うのを待つしかない」

「おい、話半分に聞くなよ」


 胸元でレンリにたしなめられて、歩夢は思索を打ち切った。

 そして彼は、とんでもないことをいつものように、さらりと言ってのけた。


「つまりは俺らもここから出られないってことなんだから」


 一度、外で大きく吹雪いた。

 何かが軋む音が校舎内で響き、窓のフレームが揺れてそこから寒波が室内に忍び込む。

 内外の要所要所で、どこからどこから電気を引っ張ってきているのか分からない年代物の暖房器具をフル稼働したり、あるいはもっと原始的にドラム缶に薪をくべたりしているが、それでも文明人、まして夏手前から転移させられた人間にとっては、数日でも耐え難い寒さだ。


「…………まじで」

「マジで、よ」


 白い息を虚空に吹きかけながら、真月が答えた。

 その足が止まった。


「とりあえず、我らがリーダーにそちらの経緯を説明して。本格的な話はそれからね」


 屋上を除けばそこが最上階だった。

 歩夢たちの手前の一室には『宿直室』という文字が擦り切れた札が出ていた。その上から乱暴に、『管理区長室』とマジックで書かれたガムテープが貼りだされていた。


 それを手の甲でノックする。返事はない。それに構うことなく、真月は「失礼します」と一方的に前置きして、扉を開いた。

 あまりに簡素なその部屋は、ストーブひとつなかった。生活に最低限必要な家具や医薬品が場末のスーパーマーケットのように誇りをかぶって陳列されているだけだ。

 無趣味不毛な部屋という点では言えた義理ではないだろうが、視覚的に寒々しいその光景に、歩夢もレンリも思わず身震いした。


 そしてその中央では、自分たちを救った男、白景涼が、ブラックコーヒーの入ったカップを、両手で抱えるようにしてすすっていた。

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