(2)
歩夢たちを取り囲むように、雪を四足でつかむようにして、狼たちは大地を駆けてくる。
視認した時には豆粒ほどの大きさに見えたそれは、瞬く間に彼女たちとの距離を詰めていき、その人間よりも一回り勝る体躯を誇示してみせた。
くすんだ灰色の体毛。酸いとも甘いとも感じられる独特の体臭。血走った眼。
何よりも特徴的なのは皆、首の筋に荒縄を食い込ませている点か。
それはまるで獣の神か。あるいは首をくくった殉教者のようでもあった。
数にして五体ほど。
彼らは一様に敵意をむき出しにし、やすりで研いだかのような牙を剥きだしにしていた。
「ゅ、むぅ……」だの「あ、む」 などと赤子の喃語めいた音を混ぜてしきりに唸っている。
「歩夢。手が空いてない。お前に頼む」
一方的にそう言う鳴を軽く睨みながらも、みずから包囲を破らねばならない必要性は把握している。
ため息ひとつこぼし、歩夢が、腰のデバイスへと手をやった、その瞬間だった。
ぼとり、と重い音を立てて鉄の鳥は地に墜ちた。
展開したままの両翼とか頭部を持ち上げ、細い悲鳴にも似た軋みをあげる。やがて、その抵抗も空しくやがて完全に動かなくなった。
まさか、と目を瞠る鳴は慌てて自身の鉄牛も手に持った。
そしてただの冷え切った鉄塊と化したそれを見て「こっちもか」と忌々しげに舌打ちする。
途端、風の向きや強さが変わったわけでもないにも関わらず、猛烈な寒波が少女たちを苛んだ。
「この寒さで多分動力系がやられたな……」
どうしてこのクソバードは毎度毎度解説が後手に回るのか。そう文句を言うのもバカらしいほど、我が身も頭も、武器同様に凍てついて仕方ない。
そんな無防備な彼女らを嘲笑うかのように、狼たちが周遊する。
やがて高く顔をのけぞらせて一声づつ吠えると、鋭く研ぎ澄ました爪牙をもって、食ってかからんとした。
――食って、かからんと、した。
だが、遥か遠くから響く駆動音が、彼方で舞い上がる白塵が、その四肢を止めた。その場にいた誰もが、一様に音がする方角を眺めた。
決して辿り着けなかった要塞から、見る見る速度を上げて、人が、いやひとりの青年を乗せたバイクが、急接近してきていた。
狼のそれを遥かに超える疾駆とともに、その精悍な顔立ちが見て取れるほどの距離に迫る。
その段になって彼は、前輪を持ち上げて、車体を浮き上がらせた。その脚をシートから突き放すようにして、自身も飛び上がる。
竜のエンジン部分にエングレーブが刻まれたそのバイクはは、彼の靴底が離れると、分離する。浮き上がったパーツが、そのまま彼の右肩口から拳の先まで鎧うようにして囲み、組み上がり、巨大な手甲と化した。
彼はそのまま彼女らと彼らの中心点へと着地した。
その重圧で氷の原が揺れる。雪が躍る。絹糸のように、淡く白い呼気がミリタリーコートをはためかせた、その青年の口端から紡がれた。
「白景、涼……」
レンリはそも碧眼を見開き、青年の名らしきものを呼んだ。




