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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第五章:ヒョウリュウの、教室
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(2)

 歩夢たちを取り囲むように、雪を四足でつかむようにして、狼たちは大地を駆けてくる。

 視認した時には豆粒ほどの大きさに見えたそれは、瞬く間に彼女たちとの距離を詰めていき、その人間よりも一回り勝る体躯を誇示してみせた。


 くすんだ灰色の体毛。酸いとも甘いとも感じられる独特の体臭。血走った眼。

 何よりも特徴的なのは皆、首の筋に荒縄を食い込ませている点か。

 それはまるで獣の神か。あるいは首をくくった殉教者のようでもあった。


 数にして五体ほど。

 彼らは一様に敵意をむき出しにし、やすりで研いだかのような牙を剥きだしにしていた。


「ゅ、むぅ……」だの「あ、む」 などと赤子の喃語めいた音を混ぜてしきりに唸っている。


「歩夢。手が空いてない。お前に頼む」


 一方的にそう言う鳴を軽く睨みながらも、みずから包囲を破らねばならない必要性は把握している。

 ため息ひとつこぼし、歩夢が、腰のデバイスへと手をやった、その瞬間だった。


 ぼとり、と重い音を立てて鉄の鳥は地に墜ちた。

 展開したままの両翼とか頭部を持ち上げ、細い悲鳴にも似た軋みをあげる。やがて、その抵抗も空しくやがて完全に動かなくなった。


 まさか、と目を瞠る鳴は慌てて自身の鉄牛も手に持った。

 そしてただの冷え切った鉄塊と化したそれを見て「こっちもか」と忌々しげに舌打ちする。


 途端、風の向きや強さが変わったわけでもないにも関わらず、猛烈な寒波が少女たちを苛んだ。


「この寒さで多分動力系がやられたな……」

 どうしてこのクソバードは毎度毎度解説が後手に回るのか。そう文句を言うのもバカらしいほど、我が身も頭も、武器同様に凍てついて仕方ない。


 そんな無防備な彼女らを嘲笑うかのように、狼たちが周遊する。

 やがて高く顔をのけぞらせて一声づつ吠えると、鋭く研ぎ澄ました爪牙をもって、食ってかからんとした。


 ――食って、かからんと、した。


 だが、遥か遠くから響く駆動音が、彼方で舞い上がる白塵が、その四肢を止めた。その場にいた誰もが、一様に音がする方角を眺めた。


 決して辿り着けなかった要塞から、見る見る速度を上げて、人が、いやひとりの青年を乗せたバイクが、急接近してきていた。


 狼のそれを遥かに超える疾駆とともに、その精悍な顔立ちが見て取れるほどの距離に迫る。

 その段になって彼は、前輪を持ち上げて、車体を浮き上がらせた。その脚をシートから突き放すようにして、自身も飛び上がる。


 竜のエンジン部分にエングレーブが刻まれたそのバイクはは、彼の靴底が離れると、分離する。浮き上がったパーツが、そのまま彼の右肩口から拳の先まで鎧うようにして囲み、組み上がり、巨大な手甲と化した。


 彼はそのまま彼女らと彼らの中心点へと着地した。

 その重圧で氷の原が揺れる。雪が躍る。絹糸のように、淡く白い呼気がミリタリーコートをはためかせた、その青年の口端から紡がれた。


「白景、涼……」

 レンリはそも碧眼を見開き、青年の名らしきものを呼んだ。

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