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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第四章:激情と、メイド
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(13)

 鉄の音が、聞こえる。

 もっともそれは、レギオンの金属質に変異した腕と短剣状に形どられたエネルギーが摩擦を起こした結果、それに近い音響を鳴らしただけのことだったが。


 とにかくとして、歩夢の発した剣撃は、怪物の凶刃からレンリの矮躯を守護した。


「このダブスタクソバード」

 そのうえで、悪態をつく。

「人には『いのちをだいじに』なのに、自分は良いんだ?」


「俺は良いんだよ」

 そして何の悪びれもなく、カラスはそう返した。

「お前には先の人生があるけど、俺はもう自分に対する用事が済んだからな。というか、助けてくれるって信じてたし」

「……あのまま鳴に撃たれてばよかったのに」


 本当に憎たらしいカラスだが、まさか保護する対象をシメ殺すわけにもいかないから、持て余した感情は目の前の怪物にぶつける。


 不意打ち気味にぶつけた一突きは、避けるまでもないと正面から弾かれた。

 だが、逃げることはしない。彼の読み通りに、敵は無防備なレンリに拘泥した。


 転身し、穂先を反転させてカラスを狙う。

 ギリギリのところで回避した彼に代わり、罪もないタイルが掘削された。

 見ていられなくて、歩夢の身体は先に突き出た。


 剣が、再び槍と打ち合う。


「良いぞ! そのまま攻撃を捌き続けろ!」

「捌き続けるって……どれくらいさ」


 助けてもらっておきながら身勝手な野次を飛ばすレンリを、横目で睨み、問い質す。

 小憎たらしいカラスはしばらく碧眼を瞬かせていたが、


「五十合ぐらい、かなぁ」

「今テキトーに考えたでしょ、それ!」


 とこんな具合だから、歩夢はますます不審の念を強めた。

 ともかくそれを抱え、逃げる。


 自分よりも遥かに勝る速さで凶器の塊が距離を詰めてくる。

 今追ってきているのは変わり果てた陸上部のエース。

 身体能力が腰回りの機材で補強されていると言え、歩夢は小中そして高と帰宅部と幽霊部員の併用でやり過ごしてきたモヤシっ子だ。

 こと徒競走において、勝てる要素は皆無だ。その愚を、始めてから悟る。


「止まれ! 屈め! 剣を出せ!」


 腕の中でレンリが指示を出す。

 疑う余裕はなかった。

 止まる。背を丸めてしゃがみ、自身とレギオンの合間に剣を水平に倒して展開する。


 三段にシンプルかつ雑に分けた命令を自己解釈のもとに実行した彼女に、騎馬は迫る。

 一直線に、脇目も振らず。

 だがだからこそ、彼女たちの間に、足下にある剣刃には気づかなかった。


 傷こそ負わないものの、転倒した。そのボディが宙へと浮かび上がり、伏せた歩夢の上を通過していく。

 やがて派手に過ぎる破砕音が、向こう側で聴こえた。


 起き上がって、意思を以て剣を浮かび上がらせる。

 エネルギーであるがゆえにまさか刃こぼれはしていないだろうが、念のために確かめる。


 普段よりもずしりと重い気がする。

 実際に手に持つわけではないが、自分の念と浮かぶ速さに、若干のラグがあった。

 その刀身の奥底で、歩夢は閃く光の筋を見た。

 回路のような、ナナフシの手足のような、幾重にも分岐した、枝。


 あの時、旧校舎の中庭で見たものと、心動かされた超常の存在と、同義のもの。その極小版。それが赤い輝きを帯び始めていた。


 それを並んで見ながら「ふむ」とレンリは唸った。


「こりゃ案外早いかな」

 と、まるで果実の熟れ具合を確かめる農家のような口ぶりで呟いた。

 その意図を問うことも、文句をつける間もなかった。

 彼方に転げたはずの鉄騎は、眼前まで間を詰めていた。


「っ!」

 起こしかけていた上体を、ふたたび倒す。のけぞったアゴのすぐ真下を、銀穂は通過していった。


 避けきれない。もとより逃れる術はない。防御手段はただ一つ、ただ一剣。


 それをもって弾く。防ぐ。いなす。捌き切る。受け止める。反撃して次の手を封じる。

 ありとあらゆる防御行動を使って、四方八方に攻め手を散らすが、このままではジリ貧も良いところだ。


(撃つならはよしなさいよ)


 自分たちの頭上にいるであろう鳴に、声にはせず急かす。

 声に出来るのであれば、大音声で罵ってやっただろう。だが今は、その寸刻さえ惜しかった。

 実際に手で剣を振り回すわけではないにせよ、息をつかせぬ猛攻は神経を確実にすり減らす。


 ……はず、だったのだが。


 数合打ち合うと、不思議な心境の変化が彼女の中に訪れた。いや、感触の変化であったかもしれない。


 負ける気が、しなくなった。

 勝てる気などしなくても、少なくとも、命を取られるのではという予感は、一度打ち合うごとにどんどんと薄らいでいった。

 それは感覚の鈍麻だったのか。それとも過多な自信だったのか。


 いや、紛れもない事実だと、胸の奥にくすぶる火のようなものがさんざめく。

 その刃は折れることがなく、むしろ鍛治のごとく、鉄で打たれる都度に強固になっていく。

 内を奔る回路は掘り進められていくように拡張され、そこを脈として力が流れていくのを感じ取る。


 やがてそれは腰に張りつく鳥のメカにも波及した。

 輝度を加速度的に増していくキーは、升に水を満たすように光を溢れさせ、一つのスロットに収まり切れない力のほとばしりは、隣の挿入口に流れ込み、溶岩のように冷えて固まった。


重装歩兵ヘビー・インファントリー

 という音声が、腰回りにて響くとともに。


 刹那、敵味方の間に迫り上がった大盾が、再度のレギオンの突撃を弾き飛ばした。


「成った」


 それを見越していたであろうカラスは、少女の腕の中で満足げにうなずいた。

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