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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第四章:激情と、メイド
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(12)

 一旦歩夢からもレギオンからも距離を置いた鳴は、適当な見晴らしの良い場所へと向かった。


 街道沿い、アーケード街の西玄関口。大手質屋が独占しているビルの非常階段を頼りに、一気に屋上へ。


 一段飛ばしに階を足で叩く。その間際、妙なものを見た。

 数ブロック先の商業ビル。ただの人間であればまず視界に入らない。だが、かすかな違和感があればフォーカスするよう習慣化された鳴の観察眼と、デバイスによって底上げされた死力は、その屋上に立つ男の、どことなく陰鬱な横顔を確かに認めた。


 そしてそれは自分も歩夢も、親しくはないが見知った相手だった。


「保健医の花見……? あいつ、どうしてこんなところに」


 しかし、視ることは出来るがその場所に飛んでいけるわけでもない。ましてそんな余裕などあるはずもない。

 ひとまずはその動向を無視することにし、鳴は足を速めた。


 『韋駄天』を意味する英雄にちなんで名付けられた作戦は、鳴が単独でやろうとしていたことの延長線上にあったものの、現有戦力において取れうる常套手段であり最善手と言えた。


 すなわち、鳴の高射と歩夢の助攻によって敵を袋小路へ追い込み、そのうえで歩夢が時間を稼いでキーを切り替えた鳴が狙撃する。本当は最低でも観測手のひとりでも欲しいところだが、オペレーターである維ノ里士羽がヘソを曲げて非協力的である以上、この場にいる人材でやりくりするほかあるまい。


(中には役立たずの鳥がいるが)


 せめて首根を引っ掴んで歩夢から離し、風見鶏程度に扱った方がマシだったかと思う。

 だが、悔しいかなアレが歩夢の外付け良心回路であること

もまた確かだ。奴の意に任せるしかない。


 その歩夢たちだったが、端緒から苦戦しているようだった。

 ビルからの射撃で目下に追い込みをかけていくものの、肝心の時間稼ぎが上手くできないでいた。

 俯瞰している身からすれば、出来の悪い牧羊犬のようだった。

 壁に進路を妨げられたレギオンの背後に立つ。唯一無二の出口を塞ぐ。

 だが彼女の飛ばす剣は、あくまで点の攻撃だ。典子を取り込んだレギオンはたやすく横に首を振ってそれをかわすと、脚力でもって歩夢の矮躯をたやすく乗り越える。

 遠ざかっていくその影を茫洋と目で追う少女たちにたまらなくなって、携帯で歩夢の番号をタップした。

 億劫そうに応答した少女に、


「ヘタクソー!」


 と、容赦なく罵る。


〈じゃあ、あんたがやんなさいよ〉

 歩夢が鳴のいる方角を睨み上げる。

 怒鳴り返したり不機嫌になることはなかったが、ふてぶてしくこれである。「ケチをつけるならお前がやれ」という論調は、抗弁の余地がないが、だからこその言ってはならない暴論でもある。


〈まぁまぁ、睨み合ってても拉致があかないだろ〉

 レンリがやんわりとたしなめたが、これが一番の無用者のセリフだと思うと、ムカムカとさらに腹が立った。


 呼気からそんな気配を感じ取ったのだろう。少し気まずげにレンリは続けた。


〈……奴を確実に仕留める方法はある〉

「はぁ? どうやって」

〈歩夢の『歩兵』のグレードを上げる。そうすれば、盾が作れるはずだ〉


 こともなげに提示された打開策に対し、鳴は引きつった冷笑を浮かべた。言わんとしていたこと、その意図は十分に伝わった。そのうえで、女弓兵は自らを無理やりに笑わせた。


〈え、なに? どーゆーこと〉

「意味わかって言ってんだよな、お前〉

〈もちろんだよ、鳴〉

「現実的に物事考えられねーのか」


 歩夢を置いてけぼりに、一人と一羽は相互に理解を求めた。

 なるほど確かに彼の求めるモノが手に入るのであれば、それに越したことはない。

 だがそれが夢想に近いことを、鳴はこの世界における『常識』で知っていた。

 レンリの言う現象に必要なのは、一、二ヶ月に近い期間とその中における濃密な経験値。あるいは然るべき設備と専門的な技術だ。この場に、そのいずれもが存在しない。


〈現実的にか〉

 にも関わらず、レンリはむしろこちらを咎めるような口調で言った。


〈友を救うためだけに無策で罠に食いついて、決着のつかない追いかけっこに終始するのも、よっぽど非現実的だと思うけどな〉


 まるでどこぞの女隠者のような辛辣な正論を口にしてから、意気込む声が聞こえた。


〈しゃーない。俺の言うことが『成る』かどうかはともかく、確実かつ現実的な手段といこうじゃないか〉


 うそぶく鳥は、器用に翼で挟んでいた歩夢の携帯を彼女に突き返し、自身は大通りに出た。


 すでに騒乱の中、人々が逃散した後で、無人だった。

 いずれ異変を聞きつけて『委員会』あたりが出張ってくるだろうが、少なくとも、向こう数分はこの状態が続くだろう。


 そのゴーストタウンの中心に、彼は単身立った。


「お前らにひとつ謝っておきたいことがある」


 眼下で、ふしぎとよく通るその声で、レンリは言った。

 対象が過ぎ去り、訪れた静寂。それが彼女たちの外周より、破られつつあった。


「このタイミングで無関係の井田典子が狙われ、鳴が釣られた。その目的はひとつしか思い当たらないんだよなぁ」


 他人事のようにぼやくカラスの目線の先で、土煙が立つ。鳴にも伝わるほどの地響きが、その先で発せられる。


 鳴がその言動の意図を察したのは、レンリの正面で煙幕を突き破り、それが再度姿を見せた、その刹那だった。


「敵の狙いは、この俺だ。的になってやるから、そこを射て」


 井田典子を呑んだ『鉄騎兵』は、今までにない加速と威風と敵意を帯びて、轟然とレンリへと肉薄した。

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