(10)
「何故自分の身内ばかり……的場鳴は、おそらく今そんなことを考えているでしょうねぇ」
商業ビルの屋上。遊園スペースに設けられた望遠鏡から、一帯の狂乱とその中を駆け巡る一頭と一人を眺めながら、生徒会副会長、賀来久詠は呟いた。
「あの奇妙な鳥を捕獲し、その秘密を探るための作戦なのだから、洗い出して割れるようなら苦労はしていない。一番近しい足利歩夢の家庭は破綻していて友人もいない。その隣人が維ノ里士羽ってのにはちょっと驚いたけど……さすがにこちらの世界で彼女に手を出せば絵草のヤツに勘付かれる」
しかしまぁ、と。
十分に美貌という評価を担いうる顔に苦笑を浮かべて彼女は言った。
「よくもあぁ社会不適合者が綺麗に寄り集まったものね」
その小さく閉じた輪の内において、的場鳴だけが、外部に繋がりをもっている。
たしかに他人と馴れ合うことを良しとしない。レギオン化したことを機に親や友人には誤解され、根も葉もない噂も、彼女は弁解することなく受け入れた。
だがそれは、彼女の潔さと愚直さゆえだ。
飾らないその人格によって噂を信じない生徒が、特に後輩に多く、それ以外の層にも人気が根強い。
井田典子が鳴に辛く当たるのは、未だ執着と未練を捨てきれないことの裏返しであることは明白だった。鳴が何の気なしに振る舞い、陸上部に復帰しないのも、そもそもは自分の戦いに巻き込まないための配慮だということも。
だから彼女を、久詠は自身の『代官』のキーを以て人為的にレギオン化させた。
そのサイズに見合わない大規模な捕獲作戦の、足がかりとして、
「釜底抽薪。見出した弱点は徹底して狙うもの。恨むなら縁を断ち切れなかった自分の甘さを恨みなさいな」
声をくぐもらせて嗤い、彼女は『同伴者』へと振り返った。
「で、かなり走り回っているようだけども、カンペキに制御できているのよね、花見」
一回り以上も年下の女子生徒をファミリーネームで呼び捨てにされて、その保健医は迷惑そうに眉をひそめた。
「物事に完璧とか絶対とかはないんだよ。何なのかさえよく分からないようなもんを操縦させられる身にもなれ」
とにかく陰険な男である。
他人の受け答えに対しては否定から入る。
望まずして苦労を買わされるその性分は眉間に刻まれたシワと人相から汲み取れるものの、それはともすれば自分だけがこの世の不幸を一身に背負っているかのような大仰な厚かましさがあった。
「そう近づける努力はなさい」
「感情を捨てて鬼になる努力をか?」
彼女のFSタイプのストロングホールダー。そのサポートパネルを操作し、今、街中を疾駆する対象のバイタルを管理する彼の指が止まった。
「花見大悟」
久詠はあらためて彼の姓名を呼ばわる。
「CIROからの出向である貴方の役割は?」
「維ノ里派の内偵。『現地スタッフ』であるお前の後援および情報の提供と共有」
「なら、表向きのちっぽけな医療従事者であることより、そちらを優先なさい」
ヘイヘイ、と鷹揚に頷きながらも、その合間に舌打ちをこぼしたことを、久詠は聞き流すことにした。作業さえしていればそれで良い。ホールダー本体からの操作も可能だが、自分は自分で忙しい身の上なのだ。こんな小物に雑用を押しつけることはともかくとして、いちいち突っかかっている暇はない。
「私は本命に渡りをつけてくる。貴方は、引き続き彼らの陽動と、十分に引きつけた頃合いを見計らい『起爆』をなさい」
一方的にそう伝達すると、『委員会』の現副主席は、彼を残して建物から姿を消した。




