(7)
「悪いな、あたしの独り勝ちだ」
手の中でじゃらじゃらとガラス玉をもてあそびながら、得意げに鳴は吹いた。
対して利潤をむしり取られた歩夢は憮然とした表情で……といってもいつものことだが、散らばった花札もどきを回収していた。
「この敗けっぷりは即日クビだな」
レンリがどことなくからかうような調子で言った。
「そいじゃこれを元手にもう一戦しよっかなーしないかなー?」
それに乗じて浮かれ気味で歩夢を煽っていた鳴だったが、当の本人は反応らしい反応を見せず、ただいぶかしげに眉をひそめただけだった。
「あんた、なんかあったの?」
――なんとなしに、鳴にとっては残酷なまでに直截に、核心を突いてくる。
「……どうしてそう思う?」
指を畳もうとしてその隙間から、ガラス玉が数個、音を立てて、テーブルの上を転げ落ちていった。
「いや、店先で会ってからこっち、なんか気持ち悪い絡み方してくるし」
「気持ち悪いって」
鳴は苦笑する。だが同時に、それを認めているのは彼女も内心とて同じだった。
少し冷静に立ち返って振り返ってみれば、たしかに距離感を間違えていたフシがある。
それもこれも、思いがけない病院での再会によって歯車がズレたせいだと思った。
とはいえ誰を責めるわけにもいかない。いかないのだが、鬱屈をぶつけるに適当な相手は……目の前にいた。
鳴は深く腰を落とし直して息をつく。そしてやや目を尖らせて歩夢たちを見回した。
「なぁ、あたしが何部に見える?」
問う。
その質問は、歩夢たちにしてみれば突拍子もないものに聞こえただろう。
だが、奇異を唱える声はない。思いのほか真剣な視線を向け返し、歩夢とレンリは答えた。
「バスケットボール」
「いや、バレーボールだろ」
「部っつってんだろ、ボールってなんだボールって」
ただし両者の視線は、鳴の相貌ではなく彼女が組んだ腕に支えられた胸を見ていた。
「冗談だよ冗談。弓道部だろ」
「残念。得物で勘違いしたんだろうが、元陸上部」
「…………え?」
「確かにもともとそっちにもダチに誘われてて興味はあったけど、中学から続けてたからそっち選んだんだよ。結局どっちもダメになっちまったけど」
「――そう、なのか……」
レンリにおいては、よほど自身の推量に自信があったらしい。答えを外したとき、数秒ばかり固まったままだった。
一方でメイドの方はと言えば、さほど興味がなさげに相槌を打ったあとで
「で、その辞めた部活と今のあんたとでなんの関係があるのさ」
とあけすけに問い続ける。
「まぁその辞めた理由ってのは、あたしがレギオン化したからなんだよな」
極力、なんとなしにといったふるまいで応えたつもりだった。ひとりと一羽の心境にさほどの変化はなさそうだったが、重力がこころなしか増した気がした。
「で、そこをイノに助けられた。そのころにはあいつも『委員会』を降りてたけど、個人的な調査研究は続けてたからな。結局その騒動のせいで、あたしは『大会前日に浮かれて遊び歩いてた不良娘』ってウワサが立って、親も友達もそれを信じた。居場所をなくした。それが今日話しかけてたあいつに協力する理由だ。ほかに行き場所がねぇんだ」
自嘲気味に口端を吊り上げながら、一方で「何を他人同然の相手に語っている」と、冷淡な指摘が自らの内より返ってくる。
それでも、口も舌も止まらなかった。
「で、今日その部活時代の友達に会って、イヤミを言われた。……あったことと言えば、そんぐらいだ」
「後悔してるのか? 陸上部でやり直さなかったことに」
レンリは尋ねた。
「どのみち手遅れだ。けどまぁ、そんな想像をすることはある」
人前でストッキングを脱ぐようなくすぐったさと羞恥とともに、鳴は首筋を掻いた。
「悪かったな、しょうもないことで愚痴って。これ、換えるのってたしか外だよな?」
早口で言って席を立とうとする。
「でも」
カードをしまい終えた歩夢が、視線を合わせないままに口を開いた。
「あんたは、わたしを助けたじゃん」
退出しようとしていた、鳴の背と足が止まった。思いがけない方向へと転がったガラス玉が、歩夢の指先にたどり着いて、止まった。
「そういう道を選んだから、わたしはここにいいて、なんかよく分からないままにメイドなんかやってる。それが良いことなのかどうかとか感謝すべきかまだ自分の内でケリはつかないけど、助けられたってのは事実」
それをつまみ上げた彼女は、特に思慮らしいものを見せず、鳴に透かして見せた。
「問題は、あんたがそれについてどう思うかってことじゃないの」
鳴の視線の先で、イミテーションの宝珠は輝いて見えた。
そして、少し意外の念をもって、小柄な下級生を見直した。
まさか彼女が。
この現在進行形で自身の感情の去就さえ決められないような娘が。
多少なりとも他人の心を動かす問いを投げることができるとは。
「そうだぞ、人生万事塞翁が馬。選択の結果なんて、まだまだ出るのは先だ」
レンリがそれに同調した。
もっともこれは、作為めいているというか意図的というか、年長者とか人格者ぶっているようで失笑の対象でしかなかったが。
「どう思うってそりゃ」
鳴は苦笑いを交え、席へと座り直した。
「良い仕事したって、我ながら思ってる」
そして士羽が一度もくれなかった賛辞を、他人から今後一生もらえないであろう称賛を、はにかみながらも自身に与えたのだった。




