(6)
ぞるぞぞぞー、と。
そのメイドは、鳴の対面に腰掛けて、サービスのアイスティーを周囲が引くほどの異音とともにストローですすっていた。
彼女の本名は足利歩夢。メイドとしての源氏名はあゆあゆ。
表情にあまりバラエティを持たない彼女だったが、それでも今、この仏頂面は心底からの不本意からくるものだろう。
「仕事もらっといてふてくされんな」
「せっかく何もしなくて良かったのに」
「お前それパイプ椅子座ってストップウォッチ押してるようなのよりよっぽどタチ悪いぞ」
「いや、あれマジでキツイぞ。退屈を持て余して人生を空費するほうが、下手に走り回るより」
女子ふたりの会話に、テーブルで置物に徹しているカラスが混じる。
鳥類を雇用する業者がいるかどうかはともかくとして、問題は歩夢だ。この就労意識のまるでない後輩を、どう奉仕をさせようか。
ささくれ立った鳴の意識に、ちょっとした嗜虐心と好奇心が芽を吹かしつつあった。
「よし、じゃあさっそくオムライスにおまじないでも」
そう言いかけて、メニュー表を見た時、鳴はわずかに戸惑いを覚えた。メニュー表の価格に書かれていたのは、¥ではなく、Pだった。
「……なんだこの、800Pっての」
「この店はご主人様たちの夢の世界。安らぎの場。現金なんて生臭い無粋なものでメイドたちに命令なんてしない。ここではご主人様の想いの結晶きららスターによって心を通わすんだよ」
「あぁ、そういう『設定』なのな……」
「そしてこれがきららスター」
そう言って歩夢は透明度の高い色とりどりの球体を取り出した。
親指の太さほどの直径を持つ、ゆがみのない球形。気泡の混じるそれらは、歩夢の手の内でころころと弄ばれている。
「……なぁそれビー玉」
「きららスターだよ」
「友達の古めの家に遊びに行ったときになんのご利益があるのかしらんけどトイレの手洗い場にある奴」
「きららスター」
恥ずかしい単語を臆面もなく連呼できるあたり、自身で豪語するとおり歩夢にとっては天職なのかもしれないと思い始めてきた。
「そしてきららスターは一個税込五十円。最低百単位からの購入が可能です」
「おい数秒前の発言」
「そして外にこっそり持っていくとお隣のまったく関係ない妖精屋さんがメニュー表にはないメイドさんのグッズやサービス券に交換してくれるよ」
「大丈夫なんだろうなこの店!? つか高ぇよオムライス!」
他にも日本円としての数字であれば妥当と見せかけて、実際に換算すれば法外な品やサービスばかりが載っているた。
「だから現ナマそのものじゃないって。何なら増やすこともできるし」
「は?」
「ほら、あそこでメイドのシャル先輩とかスルト先輩と遊んで勝てばもらえるよ」
「なぁ、あたしにはただヘッドドレス引っ掛けただけのパチスロの台に見えるんだけど」
「シャル先輩とスルト先輩だよ」
そして鉄の筐体を持つ他称メイドと向き合う形で、チンチンジャラジャラと、小太りのご主人様が触れ合っていた。
「……あれって本来の客層と逆じゃね?」
「そうか? 指向性は同じだと思うが」
誰にともなく呟いた言葉を、レンリが拾った。
「ちなみにテーブルゲームも楽しめるぞ、ほら」
歩夢のコミュニケーション能力の発達が目的なのだろう。レンリに薦められるままにメニュー表を改めて見る。
「きららカードでキャラ揃えゲームと絵合わせゲームと数合わせゲームができるぞ!」
「ポーカーと花札とブラックジャックじゃねぇかッ! ……まぁ、この中でルール知ってるの花札ぐらいだから、とりあえずそれで」
「まいどあり」
「メイドの挨拶じゃねぇな……」
そして一ゲーム分のドル箱……もといきららBOXを購入し、ゲームが始まった。
「て言ってもわたしルール知らないよ」
二本の指でさえ持て余すほどの小さなカードの絵面を見ながら、歩夢が言った。
「は?」
「体験入店だし。仕事入る前にざっとマニュアルは見たけど、秒で忘れた」
「体験入店。なんか……いかがわしい響きだな」
「黙れ鳥。……しゃあねぇな。じゃ、やりながら教えてやる」
「ルールわかるのか?」
「祖父が生きてた頃は正月に付き合わせされてな」
これでは接待する側とされる側がまるで逆だ。
内心でそうぼやきながら、鳴は自身の手札に目をやった。
「まぁこれは揃える役さえ覚えれば簡単なんだよ。ポーカーや麻雀ほどややこしい手順もないしな」
「なるほど」
「あたしが先行。これからやってながら覚えていこうぜ」
「おー」
「あ、手四だわコレ。ハイあたしの勝ち」
「は?」
四回戦して、そして四回とも鳴が勝利をものにした。




