(5)
「……何やってんだ? 歩夢」
とうに群青の暮色に沈んだ世界。アーケード街にある広場の一角。
足利歩夢とレンリは、問題の一人と一匹は中腰になった的場鳴の眼前にいた。
店先で路上に脚を投げ出すようにしている少女は、パイプ椅子に腰掛け、いかにもつまらなさそうに上級生を睨み返す。
ふだんの様子からは想像もつかないようなミニスカートとガーターベルトを穿く。外気に曝された白い腿は、本人の傲岸不遜な為人を知ってもなお庇護欲を刺激されるほどには肉づきも薄く、露わになった肩や上腕の骨も細い。
一見して箸も持ったことのないような華奢で可憐な美少女はしかし、今は侍女の装いをやや扇情的にした装束をまとっていた。
要するに、メイドだ。正統とは程遠い、メイド喫茶のメイドだ。
黒い球体の鳥が、脚の内側に添え物のように挟まれていた。
「見てわかんないの? 勤労だよ勤労。奉仕してんだよ」
「悪い。視覚から入ってくるほとんどの情報が勤労とも奉仕とも無縁なんだわ」
従属の気配など微塵も見せない姿勢には、むしろ不撓不屈の気風さえ感じさせる。
歩夢はさらにそこから脚を組み直し、背もたれに腕をかけて身をずらした。
「そうかな、天職だと思ったけど」
「鏡で自分の態度見てモノ言え」
「これがわたしのキャラだから」
「キャラだぁ?」
ひとまず生意気な腕だけはなんとか糺してやろうと、手を伸ばす。嫌がるようにそれを振り払った歩夢は、レンリを抱きかかえるようにしてその頭頂にアゴを載せた。
「ほら、わたしってば控えめに言って綾波の系譜じゃん。だからミステリアスな大胆さこそ最大の持ち味ってわけよ」
「控えめに言って綾波の系譜の人間は、控えめに言って綾波の系譜なんて自称しない」
そこでとうとうたまりかねたのか、レンリがようやく歩夢の図々しい言動に苦言を呈した。
「綾波? ってのはよくわからねーけど、客とれんのか、それで実際」
「通りすがりのおばあちゃんは飴くれたよ」
「……まぁ、絵面は想像できる」
たとえ面の皮が分厚くても、黙って座っているだけで、構わずにはいられない小動物的な憎めなさがある見てくれの良さが、足利歩夢という少女の数少ない美点と言えるだろう。
「てかお前、たしかにバイトするにしてもメイド喫茶って……良いのかよ。校則として」
薄目で見れば純喫茶と認識しないでもないたたずまいの店。そのパステルカラーで統一された内部で行われる萌え萌えキュンキュンな催しを横目で盗み見ながら、鳴は嘆息した。
たしかアルバイトは自体は認められてはいたが、公序良俗に反する職種は厳禁だったはずだ。
職に貴賎なしとは言うが、これは流石にその法度に抵触するのではないか。
「平気だよ」
そう危惧する鳴に、歩夢は言った。
「制服自由な店にたまたまメイドのコスプレが好きな娘が集まってたまたま前世のご主人様と運命の邂逅を果たしてたまたま店内にいろんな遊び道具や食材があってたまたまそのゲーム内容とか食事のサービスとかが純利益に絡むだけだから」
「通るわけねーだろそんな理屈!?」
「特殊浴……ちょっと変わったお風呂屋さんのやり口だコレ!?」
いったいどういう経緯でこんなことになったのか。その想像さえ億劫な心労が、鳴を襲った。あるいはここに至る前の蓄積もあったのかもしれない。
気疲れは元陸上女子の肉体へとダイレクトへ反映される。
どっと疲れた鳴の視線は、どこかに身を休める場所を無意識のうちに求めていた。
「入れば?」
そして正面に戻ると、歩夢が背後の店を顎でしゃくってみせた。
「……まぁ、この際どこでも良いか。ちょっと興味あったし」
ご新規さん一名ごあんなーい。
おそらくはマニュアルには一語たりとも存在しないであろう歩夢の口上に誘われて鳴は入店した。
窓際の席に案内された鳴は、さっき語られた設定はどこへやら。すぐに案内できるメイドとやらのパネルを用意してきた。
鳴はその中の女の子たちからは相手を選ばず、ある一点を指さしてみせた。
「じゃ、外にいる置物どもで」




