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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第四章:激情と、メイド
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(4)

「何してんの? こんなとこで」


 典子のかけた言葉は、ともにトラックを駆け抜けた間柄とは思えない、冷えたものだった。


「いやぁ、辺見の見舞いだよ。発見者でもあるわけだしな」


 ひらひらと空いた両手を掲げてみせて、かつてと変わらないように鳴は振る舞った。


 かつてと変わらない、ように。

 本当にそうだろうかと彼女は自分で考えた。たった一年前のことなのに、現在に至る、死線と隣り合わせの時間が濃密すぎて、もはや薄ぼんやりとした記憶しか残っていない。


「……あんたがへんなことに誘ったんじゃないの?」


 現役時代は脳裏を掠めさえしなかった疑念を、少女は容赦なく鳴へと浴びせてきた。


「おいおい、あたしのことはともかくとして、辺見のことは信用してやれって。偶然だよ偶然。ていうかそういうことはもう少し声を抑えて言えよ。聞こえるだろ、辺見に」


 鳴は笑ってごまかした。後輩に起こったことの実情や、そして自分のショックを。


「なら、さっさと消えて」


 ひとまずは疑念を引っ込めた典子だったが、鳴への態度は仇敵に向けるように冷淡だった。


「この、裏切者」


 鳴は典子の言に従い病院に出るべく歩き出し、その典子も、病室のドアノブに手をかけた。


 そのすれ違いざま、耳元で吐き捨てられた罵声が、憎憎しげな音調が、今の典子が鳴に向ける心証のすべてだった。


 その場は何事もないように聞き流した鳴だったが、エレベーターに乗り、その密室にて自身の鬱屈に耐えかねた。つい、声にしてこぼした。


「あたしは、裏切ってなんかいない」


 だが本人に潔白を訴えることは、するつもりもなかった。

 今自分が携わっている事業の、荒唐無稽さを想えば真実を打ち明けるのも馬鹿馬鹿しかった。


 さらに言えば一年前のあの日、鳴が両親やチームメイトの期待を裏切り、大会をすっぽかし、数日間行方不明になっていたのは事実だ。


 たとえそれが、不可抗力で怪物(レギオン)にされた結果だとしても、維ノ里士羽に救出されるまで理性を喪失していたとしても。

 彼女らの目に映る今の彼女は、人生の絶頂期に調子乗って『夜遊び』をして人生をフイにした、馬鹿な小娘なのだろう。


 電源を切っていた携帯を起動させると、そこには何件かの不在着信が通知されていた。


 彼女に連絡を入れてくるのは、今となってはただひとりしかいない。

 歓談をするような仲ではないが、すぐに鳴はかけ直すことにした。


〈どうでした?〉


 前置きも労いの言葉もなく、維ノ里士羽は問い質す。

「どうもこうも、半分は予感してたろ」

 他人を慮る能力を著しく欠如させた女だが、今の鳴にはその無遠慮さが心地よかった。


「他の連中と同じだ。変身していた間のことは記憶から抜け落ちてた。つまり、あたしが聞いたあの呟きも覚えちゃいない」


 それは鳴自身が体感したことだった。

 県大会を間近に控えたあの日、学校に居残って最終調整をしていた彼女は、心臓のあたりに熱と痛みを覚えた。

 そこかえあ、激しい痛みが襲った。身体が内臓から裏返っていくかのような苦しみによって、まるでコンセントを引き抜かれたように、自分がどういう状態に陥ったかを知覚する前に視界と意識がシャットダウンした。


 ふたたび目を覚ました鳴に待っていたのは、病室と、ぬぐいようのない汚名と、そして彼女を看病していた士羽だった。


〈私としても、貴方の証言だけが頼りですが〉


 話は、そこに立ち返る。


「そうなんだよなー」

 他人事のように頷く。

 すっぱり抜け落ちるということは流石にないが、日時の経過とともに細かい部分があやふやになっていく。

 通話は切らず、メモ帳アプリを立ち上げる。


 彼女が失神する前に辺見から拾った言葉を打ち込んで、予測変換する。


「やっぱ字面的にこれだけどなぁ」


 聞き間違いだった場合の修正を含め、候補はいくらでも出てくるが、文脈として成立しているのは、一番最初の言葉だけだった。


「ていうか、これであの鳥公に当たってみりゃ良いだろ」

〈あのカラスが正直に言うとでも?〉


 両者の間で何かあったのかは知らないが、士羽の声は露骨に不信感を示していた。

 ただ、外見からして胡散臭さしかないあのレンリを、容易に信じられるかと言えば、鳴もノーと答えるほかないが。


〈そのレンリと歩夢ですが、家に帰るどころかしばらく動いた気配もない。小一時間同じポイントにいるようです〉

「どっかで外食でもしてんじゃねーのか? てかお前、どっからそんな話を」

〈携帯のGPSから〉

「……お前さぁ……まぁいいけど」


 鳴は何も言わなかった。自分の良識が世界の常識と信じているフシがある士羽に、苦言を呈する愚を知っていた。

 理解はできないが、手の中でひとりでに起動した地図アプリと、そこに表示されたポイントを見て、言わんとしていることは汲んだ。


「つまり、様子を見てこいって? ……ついさっきまで一緒だったんだけどな」


 心の中のものを含めれば、今日だけで何度ため息をこぼしたか知れたものではない。

 それでも拒否権はないので、促されたとおりに、向かう。


 鳴が握りっぱなしのスマートフォン。

 アクティブのままになっているメモ帳には、


 簒奪の王


 ……と、刻まれていた。

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