(3)
教室に戻る列に牧羊のように並びながら、歩夢はそれとなく目で生徒会長を捜した。
だが彼女の姿はすでにどこにもなく、代わりに賀来とかいう副会長が教師と何事かの打ち合わせをしていた。
目が合った時の、挑発的な物言いは、ひょっとしたら自分ひとりに向けられていたものではないか。自意識過剰と半ば思いながら、歩夢はそう思わざるをえなかった。
そして、橙果の光がその瞳の中で閃くたびに、脳の片隅にも同じ色の輝きが電流のようによぎっていく。痛みをともなう。それが刺激となって、様々な幻や現実がでたらめな方向性で瞼の裏をかすめていく。高速カメラで見る首都高のように。
振り上げられた手。喧噪、包丁。燃える剣。地面にこびりついた血。張り紙。机に刻まれた罵詈雑言。カメラのフラッシュ。冠。王宮を開く鍵。囁く声。背を向けた少年。
燃える。燃える。燃える燃える燃えろ。
受け入れる。拒まれる。散らばる黒い羽。
そして手が伸びる。自分の手か、あるいは……
ふと、目が覚めた。
自分の意識が、現実ではなく幻の中を回遊していたことを自覚する。
そして目の前には、ガラス質の刃が迫っていた。
「ッ!?」
歩夢は飛び退いた。
いつから近づいてきた? いや違う。自分が、接近していたのだ。夢遊病のように、幻の中の誰ぞの動きにつられて追従するように、指先をその大剣に伸ばしていた。
気がつけば、彼女を巡る環境はがらりとその色と容を変えていた。
前に並ぶ生徒どころか、教職員もいない。草木が生い茂った、荒れ放題の地。
黒みを帯びた見たこともないような背の高い草花が古代の原生林のように茂る。
黄金の光沢を持つ水の流れが、どこから湧いて出たものか、野放図に伸びる枝葉の下を流れていく。
どこか金属質の響きを帯びたせせらぎは、吹雪いているかのような寒波を歩夢にもたらした。
溶けて焦げ付いた噴水の残骸が、遺跡のような物悲しさで、その異形の大自然の中でしがみついていた。
その中枢に鎮座するのが、件の剣だった。
遠目でさえ校舎を突き抜けて見えるのだから、至近ではその全貌は捉えきれない。
歩夢が五人分横に列しても届かないであろう幅広の両刃は、中央に位置する噴水の、さらにその正中を射ち抜いて、半ばまでその刀身を埋めている。
その純度と透明感は何物をも通さないようでいて、様々な色や世界を内包しているようでもある。
あからさまに無機物であるにも関わらず、脈動めいた光と力と意思の流れを感じる。
幻かと疑いたくなる異様さでありながら、確固たる現実感でそこに在る。
どう考えても人に害をもたらすモノであるはずなのに、ソレは歩夢に奇妙な安らぎとときめきをもたらした。
再び、同じように、衝動的に。
手で触れようとする。
「やめろ!」
少年の声が、それに制止をかける。
鳥の鳴き声にも似た、甲高く、どこか縋るような必死さを帯びた調子。
手を止めた歩夢は、声の出処を目で探る。
ふと、頭上に降り立った気配を感じた。
校舎のものとおぼしき壁。その出っ張りに、小柄な少年が腰かけていた。
「よう」
その彼は、華奢な体躯に見合わない、低く落ち着き払った声音とともに片手を持ち上げた。だが、今の制止の声ではない。
何もかもに困惑しきりの少女に、少年はおもむろに問うた。
「お前、視えるんだな。それが」