(2)
「というわけで、なんかそういう血縁関係の都合上、カネ関係でゴタついてるみたいでさ」
「マジかよ、スマホのクソ鬱漫画の広告とか金田一の世界じゃん」
「コラーッ!」
学校の帰り道。
たまたま帰る道と時とを同じくした的場鳴に、足利歩夢はたまたま語るべきではないことを世間話ついでに打ち明けた。思わずレンリは突っ込んだ。
「いやお前らさぁ、もっとオブラートに包もうよ!? 話す方もリアクションも大概過ぎて俺もうドッキドキなんだけど」
「不整脈?」
「血糖値を気にしなきゃいけない年齢か」
「違うわぁ!」
悲しいかな、彼の声は、想いは、少女たちにも通行人にも届かない。
クチバシを尖らせてプンプンと怒る彼に、歩夢は言った。
「別にもう気にしてないよ。前も言ったけど、怒るだけ無駄」
さらりと。虚勢ではなくおそらく本心から。
それはレンリにも分かる。鳴にしたって、そういう気配を感じ取ったからこそ容赦なく踏み込んだのだろう。
そのうえで、それでも、と彼は思った。
「……俺は、お前を切り捨てた連中が都合のいい時だけ擦り寄ることが理解もできないし、赦したくもない」
雑巾のように咽喉を絞り上げて放った言葉に、歩夢は反応しなかった。少し気まずくなった空気の中、十五歩程度進んだあたりで、後ろについてくるレンリ顧みて、尋ねた。
「それ、怒ってくれてありがとう、って感謝すべき?」
問われたレンリは、立ち止まって思考した。
「いや」
あぁ、と腑に落ちるものがあった。
「俺が勝手に、怒ってるだけだ」
そう、と少女は進路へ向き直った。
「これで『お前のためだ』とか抜かされたら、蹴っ飛ばしてやるとこだった」
と言い残して。
たしかに、己の憤懣は身勝手なものだった。それこそレンリ自身が嫌悪した連中と、同程度に。
彼らに怒りをぶつけたところで、歩夢の状況や心が好転するわけではない。逆に悪化させるだけだ。
ただ自分は、彼らを気にせず、彼女自身の幸福を、安寧を、今の自力の及ぶ限りで追求すれば良いだけなのだ。
「で?」
夕陽をバックに、鳴は首を振り向けた。
「それはそれとしてお前が何の気なしに他人に話すとも思えねーけど、なんか狙いがあるわけか?」
「先にイエスと言って欲しいんだけど」
「ノー」
「カネ貸して」
「やだね」
鳴はにべもなく拒絶した。
「なんであたしに無心すんだよ、もうすぐ金はいるんだろうが」
「だからそれはもう少し後になるんだよ。何しろ蓄えがない」
「この間部屋新調のために大量買いしたし、そもそもお前破滅願望でもあるんかってレベルでカップ麺買い込むしな」
我ながら、笑えもしないジョークだったとレンリは言った後に悔いた。だがふたりにそれを気にした様子はない。
「あんただって、金貰ってるんでしょ」
「一応、お前と同じシステムを適用してもらってるよ」
「だったら同僚のよしみで」
「悪いな、持ち合わせがない。余計な分は恵まれない子供たちに寄付してるんだ」
「凄まじく雑な嘘を臆面もなく」
「それ以上に」
鳴は脇に道を逸れて言った。
「あたしがイノに加担してるのは、あいつに借りがあるからだ。金は関係ない」
だが、その借りとやらに言及はしない。踏み込もうという隙を与えないままに、その影が遠のいていく。
「逃げんの?」
歩夢が背に問う。
「おう、逃げる逃げる。……てのはまぁ冗談だが、イノに言われてちょっと寄るところがあってな。そんなに金が欲しけりゃバイトしろ、バイト」
正論でもって追及をガードしながら手を振り振り、少年的な、だが野卑にならない爽やかな所作とともに立ち去っていく。
「……なんなんだろうねアイツ」
小さくなっていく影を憮然と見つめながら、誰にともなく問う。レンリはその誰にともない問いを拾うようにして嘆息した。
「……まぁ、悪い奴じゃないんだろうけど、一筋縄じゃいかないのさ。あぁいうヤツほど案外傷つきやすいんだから、付き合い方を間違えんなよ?」
「あいつの胸、何食ったらああなるのさ。やっぱ牛乳? 都市伝説にワンチャン?」
割と真面目に思案する風の歩夢を前に、レンリはしばしクチバシを閉ざし、夕空を仰いだ。暮色と表現するのが似合う、熟れ柿のような濃いオレンジに、そろそろと群青が夜気を伴い侵入してきていた。
「…………今の文脈で、気にするところそこかぁ」
やっとのことで、レンリは嘆いてみせた。




