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この即席チームの状態を考えればその小憩は正しい判断だっただろう。だが、数分間の停止は、他の人間の興味や好奇心といったものを生み、またそこに付け入る隙を生んだ。
もちろん増えすぎたユニットキーユーザー、それにまつわる校内の犯罪の増加や衝突をかんがみて、互いのスペースに『一兵』たりとも立ち入らせぬ不可侵条約は結ばれていて、今なお継続中だ。
しかし、この異常な世界において唯一無二といっていい法度を破ってでも情報を得ようと考える者も当然いた。
この場合、この数分間に、的場鳴と足利歩夢とそして彼女らに介抱される未知の黒い小型レギオンを確認した人物は、ふたり。
ひとりは、生徒会にして『対策委員』副会長。賀来久詠。
『持ち駒』を自立操作できる彼女は、そのうちのひとつを偵察として送り出して、死角より覗かせていた。
展開させたモニターの盤局に映し出されたその光景を眺めながら、口元に指を這わせ、「なるほどねぇ」と独りほくそ笑む。
情報を分析、精査することよりも、生徒会長さえいまだつかみ得ない秘密を自分が、自分だけが手に入れたことへの喜悦を、噛みしめていた。そしてそうして手に入れた極上の材料を今後どう活かしていくのか、料理していくのか。そのことに胸を膨らませた。
もうひとり、西棟の管理区長、多治比和矢はもっと直接的だった。
彼はリーダーという立場でありながら単身、不可侵のエアポケットに乗り込み、身を隠しながら事の始終に手を貸さず静観し、なりゆきを見守っていた。
そして事態が鎮静化されたことを確認した。
カラスを視た。少女たちを視た。見たくはなかったが、知りたかったことは掴んだ。
ドアの裏から身を乗り出して話しかけたくなるような衝動を押し殺して、きびすを返す。彼の知る通路をくぐって『外』へと出る。
旧校舎と西棟とをつなぐ鉄の通路。さながら疫病の隔離地域の、除染スペースのようなその中間地点で、
「和矢」
少女は和矢の帰りを待っていた。
「授業、もう始まってるけど」
羽織ったケープがやや余り気味なその体躯には、次女のような威圧感や三女のような理知の鋭さもない。和也のような軽やかさも。
ただしっとりとした柔和さをもって、多治比朔は、戻ってきた彼に心配そうに声をかけた。
「朔、そういうお前は」
言いかけて、やめた。
朔は身体が弱く、維ノ里士羽と違い本来のニュアンスでの『保健室の常連』だった。だからこそ、多少の抜け出しも大目に見られているフシがある。もっともそれも、多治比の令嬢という肩書きあっての許容だろうが。
「まぁ何事にも息抜きは必要だわな」
自分の言い訳とも相手への気遣いともとれる物言いとともに、和矢は肩をすくめた。
「何かあった?」
単刀直入。朔は和矢の核心に踏み込んで尋ねた。
「……なんで?」
和矢は懸命に笑顔を張り付かせる。
「なんだか、辛そうだから」
愁眉とともに朔の指先が、強張る和矢の頬へと伸びようとしていた。
「なんでもナイナイ。ちょっと気になる娘を射止めようとして失敗ちゃったっちゅーわけですよ」
そう言って、触れられるのを避けて、韜晦する。
あの透明度の高い瞳と、可憐な指先は、自分の繕い笑顔の奥底にある感情さえも映し取って、吸い上げてしまいそうだった。彼はそれを恐れた。
自分が辛そうというのであれば、多治比家の皆にはその辛さを与えてはいけないのだ。
「ほら、お前も行った行った。じゃないと保健室のベッドまでついて行って、一緒に潜り込んでおっぱい揉んじゃうぞ」
今日び飲み屋の酔漢でも言わなそうな脅し文句と、蠕動させた五指は、朔を退けさせることに成功した。
真っ赤になって睨み返す少女は、舌を小さく出して精一杯の反抗を示す。
軍隊のごとき量と質を備えた今の剣ノ杜学園といえど、多治比朔のこうした表情を引き出せるのは、自分だけだという自負が、和矢の中にはある。知恵で三竹で及ばずとも、戦闘センスで衣更に劣るとも、これだけは譲れない。
怒りながらもどこか楽しそうに身を弾ませて、朔は先に帰っていく。
そんな彼女を笑って見送り、姿が見えなくなるまで、街頭演説の議員のように手を振り続けた。
その手が、にわかに止まった。
崩れ落ちるようにその場にうずくまった西棟の王は、頭を抱え、顔を沈めた。
しばらくは、立ち上がることさえできなかった。




