(9)
舞う。追う。斬られる。弾く。射返す。斬り落とす。
回る。飛び移る。追う。四ツ足。すり抜ける。壁を奔る。走る。走る。走る。蟲のように。
回り込む。射る。かわす。背へと飛びかかる。防ぐ。また飛び退く。
順序は異なるが、そのパターンの繰り返しが、30㎡の世界で行われていた。
(速い)
弓弭となったデバイスをつがえながら内心で鳴は舌打ちした。
だが問題はそれだけではないことを、今までの戦闘で痛感していた。
白く輝く剣が、その胸部を貫く。
野太く呻く。だが敵は自身の身体に、穿たれた傷穴に、メスを突き立てた。血液のような、あるいは薬液のような微妙な粘性を持った液体が、腕をつたい、銀刃をつたいそこへと流し込まれていく。目視できるほどの速度で、傷穴は塞がった。
(やっぱり衛生兵タイプ。致命傷を与えないとジリ貧も良いところだ)
鳴の切り替えは速い。そこが自身も認める彼女の美点だった。
すなわち遠間からの射撃による消耗を目的とする無意味さを悟り、乾坤一擲の致命傷を狙う。
次の瞬間にはそのために必要なフェイズも彼女の内部で組み立てられていた。
〈ライト・シューター ボレーチャージ〉
天井へ向けて引き絞ったエネルギーが、分散しながら空間を埋め尽くす。
そのまま円弧を描いて降り注ぐその中で、自身の胴や肩周りが焼かれるのも構わず、交差した腕を上へと突き出した。
(やはり)
他の例に漏れず、弱点は頭部。
ある程度見当はついていたが、自身の損傷を省みる程度の知性のある相手だ。なまじ仕損じれば敵はこちらの意図に気づいて本命の警戒を強める。
確信が持てるまで無駄撃ちは避けたかった。
「刺さりそうだったんだけど」
鳴の側に退きながら、歩夢が軽く抗議する。
「追い込みはこっちがやる。お前、頭を狙え」
それを流して鳴は一方的に指示を飛ばす。歩夢はイエスともノーとも言わない。例のごとく、受け入れたのだろうか。
鳴は連射し続けて医師の側面へ、そして背後へと回った。
背面からの攻めに弾き出されるように、レギオンは討って出た。その先に歩夢が立っていた。
鳴は身を乗り出し、デスクへと登った。確保した視界いっぱいに矢を撃ち散らかした。
光の雨が、破壊と破砕の限りを尽くす。瓦礫を孕んだ暴風を生み、その進路を狭めた。
医者の向こう脛を、膝裏を、射抜く。だが一向に怯まず、勢いを衰えさせず、膝を突かず、元より道が前進し続けているその一筋しかないように。
レギオンは、歩夢への攻勢を止めない。
〈ライト・インファントリー・アサルトチャージ〉
歩夢が鍵を回す。その後ろに回った剣が輝度と熱とを増していく。
勢いよく再び敵に向かっていくそれは、射角を変え蛇行をし、やがて敵の側頭部へと叩きつけられた。
(……いや!)
弾かれた。金属音。突き出された腕。敵の核を砕くはずだった白刃は、あらぬ方向へと飛んで行った。
ただ防がれるだけならまだ良かった。
だがそれは反撃と防御、双方の手段を喪ったことを意味していた。
医師の形をした、獣が丸腰の少女に迫る。
歩夢は、ふっと息をこぼした。
そして、あろうことか、自身のホールダーからキーを引き抜き、武装を解除した。彼方で転がる剣が消えた。
(――あいつ!)
鳴は失望とともに憤る。
たしかに状況は絶望的だった。
歩夢の背後には瓦礫。それを避けて道を逸れようにも、その前に凶刃が背に突き立つだろう。
かと言って歩夢が剣を引き戻す寸時も、鳴がユニットを〈強弓兵〉に入れ替えて代わりにレギオンを仕留める寸刻もすでにない。
あとは、ただ敵の毒牙にかかるだけ。
ただ死を待つだけ。
その一本道しか、今誰の目にも映っていなかったはずだった。
〈軽歩兵〉
歩夢は、ふたたび鍵を装置へと装填した。
飛びかかったレギオンのマスクの前に、ふたたび白い剣が顕れた。
あえてその切っ先を推し進める必要はなかった。
怪物自体の勢いと自重が、その顔面に刃を埋めた。
甲高い断末魔が室内を震えさせた。
そして歩夢はその脚を高々に持ち上げた。ちょうどいい高さに在った柄頭に、ハイキックが当てられた、その肉体をごと蹴り飛ばした。
根元まで完全に埋まった白刃を中心に、『医師』は治療の暇なく爆散し、その火炎の内より女子生徒を吐き出した。




