(2)
「――いやいやいや」
校門からでも、その巨剣が絶えず歩夢の目に映っていた。
何事もなく新入生も先輩も、皆それぞれにクラス表を見て一喜一憂し、自分のクラスへと友達と連れ立って入っていく。
気を取り直して歩夢もまた、自分のクラスたる1-Aにその身をくぐらせた。
誰かいい加減ツッコんでくれないかな、とひそかに期待しながら。
だが、えてして彼女の希望や期待とは、その人生の中で裏切られるものである。
歩夢は久々にそのことを痛感した。
これから苦楽をともにする……という名目のもとに集められた生徒は、早くもコミュニティの形成に躍起になり、教師は窓からのぞく異様な存在に一ミリたりとも触れることなく生徒の他愛ないやりとりに自粛を促し、講堂へと引率する。
「……すでにご存じのとおり、ここ剣ノ杜学園は一五〇年の歴史を持つ伝統校です。創立者である征地鍵祐は、戊辰の役においては旧幕府側として参加し、そして政府に投降したのちに同じ境遇の士族たちに行き場を与えるために私塾を開き、そこに講師として彼らを招きました。それが始まりです。その時に誓いとして立てた刀を森に見立てた。これこそが、文字通り『剣の杜』たるゆえんです」
すでにご存じでないその由来が朗々と、全校生徒を余裕で収容できる広さの堂内を駆け巡る。
――そんなに無意味な長広舌が好きなら、生徒会長じゃなく役者になればよかったのに。
パイプ椅子の上で脚を組みながら、皮肉な気分で、その末裔である生徒会長を見つめていた。
灰色がかった、だが美しい髪。白皙の中にはめ込まれたオレンジがかった宝石のような眼が、弁舌が熱するごとに輝きを増している。静かに熾を孕む炭のようでもあった。
身長こそやや不足がちな気もするが、声の張りと大きさは、それを補って余りある。それ以外は何一つ欠けた部分のない、理智と威容を兼ね備えたリーダーだった。
「と同時に、『杜』は『守』に通じます。すなわち、みずからの力によって、みずからの護るべきを護るということです。廃刀令によって刀は取り上げられたが、だがそれでも突き立てた彼らの剣は今なお誓いとともにここにあります」
――物理的にね。
今なお現実味とともに屹立する大剣を、講堂の窓ガラスから歩夢は見た。
いや、物理的に成立しているものかどうかは、定かではないが。
「今、新入生のみなさんには今私の語ったことは時代錯誤の、つまらない説教に聞こえるでしょう」
トーンを改めた彼女の声は、歩夢の周囲の何人かの欠伸を止めた。
「しかし、君たちにもそれは例外ではない。君たちはその多くが望んだように、理由はどうあれ進学先をここを選んだ瞬間から親や他人の庇護を離れ、そして大人となった」
「望まなくてもとうに離れてるんだけど」
歩夢は低く呟いた。
「今度は君たちが親や自分自身や、自分の夢。道。信念。それらを守り、そして貫くために闘わなければならない。……昨今、世間は不安定でこの学園でも数年前に不幸な事故が起こりました。当時理事長を勤めていた私の父も、そこで亡くなりました。結局のところ、誰かをを助けるにせよ、我が道を行くにせよ、難にあってまず力は必要です。ここでその力たる技術や知識を身につけてもらいたいと思います。これは私の願いであって、説諭ではありません。あるいは……」
整然とした言葉は続く。歩夢はそのまま剣を睨んだままに唇を吊り上げ、生徒会長を嗤った。何を言われようとも、自分の境遇にはどれも的外れすぎて心には届かない。
「この学校にいる中で、今までは見えなかったものが見えるようになるかもしれません。もしそうなれば……喜ばしい。歓迎しよう」
だがその一言が、歩夢の視線を正面へと引き戻した。生徒会長、征地絵草の、眼光と一瞬かち合った。
それも一瞬のこと。彼女の目は、その他大勢の新たな後輩へと細まって向けられていた。
「まぁ、色々とお堅いことを言いましたが、まずは新たな環境に慣れるためにも、よく学び、よく楽しんでください! 私からは以上です」
月並みな締めくくりとともに優雅に一礼。壇上を降りていく。
「征地会長、ありがとうございました。続いては、学年主任の……」
進行役がそう会を押し進めていくのを聞き流し、歩夢は会長のいたあたりを目で追っていた。
置き去りにされたような心地で、困惑し、憮然としていた。




