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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第三章:イノチの、物差
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(4)

 家にさえ居場所のない人間が、学校に居場所がないことはわかっていた。むろん、教室にも。


 だから、ここ異界の旧校舎は歩夢にとっては格好の逃げ場所ではあった。


 屋上でランチパックを平らげて、オレンジジュースの紙パックをくわえながら、屋上のフェンスにのぼって立ち上がる。

 風が、吹いた。文明のある世界じゃ考えられないぐらい、むせ返るほどに濃い緑の臭い。

 頭がくらくらする。その一瞬の気の緩みが災いして、バランスが崩れた。手は、思わずつかんでしまったパックのジュースで埋まっていた。手放すという選択肢が、頭から一瞬抜け落ちていた。

 ただ、重力に負けて傾く自身の現状を、受け入れようとする。


 ブレザーの腰のあたりが引かれ、校舎側に戻される。頭に柔かな弾力に保護されて、自然そのまま腹のあたりに腕が巻かれた。

 シリコンの硬さでも、矯正ブラで腹肉をかき集めたものでもない。ありのままといった柔らかさと形状で、頭の後ろにそれはあった。


「自殺でもしたいのか?」


 的場鳴が、つまらなそうに自分を抱き留めていた。


「まぁ飛び降りたところで死ねる保証はどこにもねーけどな。特にここじゃ」

「だろうね」


 そのことは、迷い込んだ経験のある歩夢自身がよく知っていた。


「べつに突発的な自殺志願者じゃないし。死んで色んなしがらみにカタがつく訳でもキレイに死ねるわけでもないってわかってるよ。キルケゴール聞きかじって傾倒する中学生じゃあるまいし」

「あたしに言わせりゃ斜に構えて利口ぶってるヤツもたいがい痛々しいけどな」


 鳴は心をえぐるような忌憚ない意見を、ごくさらりと言ってのける。

 イタイのはあんたも相当だよ、と言いたくもなったが、いちいち口論するのもバカらしいので言わなかった。代わりにムニムニと、後頭部を前後させて胸を押し潰す。


 別段迷惑がった様子はない。涼しい顔でされるがままになっていた。


「何食ったらこうもデカくなるのさ」

「日々のマッサージ。あとはまぁ毎日の牛乳は欠かせないな」

「やっぱりか、薄々そうじゃないかと。まぁわたしだってちゃんと栄養をとってしかるべきトレーニングをすれば」

「嘘だよ」

「…………」


 足利歩夢、十五歳。

 世界に失望すべき点がひとつ増え、不信感が強まった瞬間だった


「で、そこで拝んでる鳥公はいったいなんなんだ」


 問われて初めて、横合いで翼を合わせて頭を垂れるカラスの存在に気がついた。


「何してんのあんた?」

「いやー、心配でお前の様子を見に来たんだが。中々に尊い光景を見せてもらった。まさかいつも斜に構えて利口ぶってるお前が、こんなにも人にベタベタと触れられるとは。……撮影できる端末を持っていたら、すぐに写メってプリントして神棚に飾りたい気分だ」


 今朝から続く、相も変わらぬ保護者面。

 そういえば親をカウントに入れても肉体的な接触はあまり多いとは言えない自分が、ごく当たり前のようにこの状況を受け入れている。この同性であっても蕩かしてしまうような、極上のボディが原因か。


 かと言って、的場鳴に友誼を感じるかどうかと言えば、また別の話だ。


「いや、別に尊くもなんにもないから。むしろ後頭部でカップ数をランクダウンさせたり、このままなんかの勢いでクーパー靭帯切れないかなとか思ってる」

「あたしはあたしで、そろそろ暑苦しいんでこの小生意気なチンチクリンがどっかに消えてくんねーかな、と思ってる」


 そして歩夢は手にしたジュースを、鳴はポケットに入れていたカフェオレにストローを突き立て、ほぼ同時にちうちうと吸った。


「いやいや、やっぱ仲いいだろお前ら」

 はぁー尊い尊い。念仏のように唱えながら、レンリは何度も拝んでいた。


 そんな新宗教を立ち上げた珍獣を気色悪げに眺めていた少女たちではあったが、ここで慌てて身を引きはがすのも彼や互いを意識しているようでかえってみっともない。


 とは言えいつまでもそうしている理由があるわけもなく、やがてどちらがどう行動したというわけでもなく、役目を終えた付箋か何かのように、静かに距離をとった。


「で? そーゆーあんたは何してんの?」歩夢は今度は鳴に問うた。「サボリ?」

 鳴は不本意そうに鼻を鳴らした。


「バカ言え。目下勤務中だ。レギオンの出現情報をつかんだから、イノに言われてスタンバってる」

「昼休み中に? は、そりゃあご苦労なこって」


 歩夢は笑い飛ばそうとした。だが彼女自身が喜怒哀楽を示すのが不得手なうえ、同じくこうして絶賛巻き込まれ中の我が身を想えば、笑うに笑えない。


「……なんであんた、あいつに従ってるの?」


 興味とも言えないほどの微妙な好奇心から、歩夢は問う。

 鳴は答えを返さない。かと言って、問いを拒んだ様子もない。

 ヤケ酒のようにオレを呷りながら、フェンスに寄りかかる。


「アレには借りがあるからな」


 答えは、それだけだった。追及したくもなかったが、どのみち問いを重ねることはできなかった。鳴のくるぶしの辺りで、鉄の牛が啼いた。


「っと、ウワサをすればってところか」


 勇み気味にそれを拾い上げた鳴は、早足で屋上を出ようとしていた。

 その様子を、果汁を喉へと漫然と供給しながら、歩夢は傍観していた。


 途中で、鳴が踵を返してきた。

 そして、まるで置き忘れていたビニール傘か何かのように、歩夢の襟首を掴んで、引きずっていった。

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