(1)
朝食が、盆でダイニングのテーブルに運ばれてきた。
独特の手触りを持つ赤い器。そこに注がれた黄金色のスープに、ほうと歩夢は息を漏らした。
「……いただきます」
「……どうぞ」
箸を手に、頭を下げて、ひとつまみ。
白い平打ち麺をたぐりながら、スープと絡ませながら一気にすする。それを噛んで、味わい、もうひとすすりすると、味に頓着しない歩夢にも、その輪郭が見えてくる。
ダシは、カツオ節、煮干し、昆布が味の三本柱と見た。それを薄口醤油がしっかりと繋ぎ止めている。
カツオ節の削りの荒さといった細かな調整によって関東人にも合う味に調整されている。
馴染み深さえおぼえるその味わいに、朝の思い気持ちも和らいで、二口、三口と抵抗感なく身体が受け入れていく。
するすると箸が進み、一通り麺を平らげて、ほぅと息吹をこぼす。
「いやぁ、君は実に優秀な作り手だよ」
それからあらためて、カラスに賛辞を送る。
「カップうどんのね」
「ありがとう」
「皮肉で言ってんだよ」
「分かってるよ」
「それなら結構」
伝わってないほど鈍感だったら、本気でどうしようかと思っていたところだ。
「しょうがないだろ」
作った張本鳥は、自分の分のうどんをつるつるとやりながら、逆に不本意そうに言い返した。
「だってこの家、カップ麺しかないんだもの。あとナンプラー」
「人間、そんだけあれば生きていける」
「な訳ないだろ。数十年後ぜったい後悔する生き方してんぞ、お前。あとナンプラーなんで買った?」
中年サラリーマンのような説教を、はいはいと聞き流し、もくもくと食べ進めていく。
「……よし、じゃあ今日は食い物買いに行こう」
「行けば?」
「行けばじゃないよ。お前も付き合うんだよ。社会勉強の一環で」
「やだよめんどくさい」
「だめだぞー、好き嫌いしちゃ」
「違いますぅ。ホントにめんどいだけですー」
「いーや、絶対偏食家だろお前さん」
おそらくは自分の今までの言動からの勝手な当て推量だったろうが、的は射ている。
かと言って声にして認めるのは癪だから、明言は避けた。
それがかえって仇となった。やっぱりな、と言いたげな目つきをした。
「成長期なんだからさ。そこはちゃんと食っとけよ。そうすれば」
わずかに視線を落としてカラスは言いかけた。
「多少は……成長が」
彼女のボーダーのパジャマを見た。
「成長が……」
厳密に言えば鎖骨の下の部位を見ていた。言葉を、詰まらせる。必死に何かを言い終えようとしているようだったが、彼の生真面目な気質と本能が、それを安易に口にすることを拒んでいるようだった。
「……」
と言うか、胸だ。こいつは、おおよそ女性にあってしかるべき膨らみ……に当たるであろう箇所を見つめていた。やがて暗澹たる眼差しをすっと伏せ、一筋の落涙を見せた。
テーブルの上に置いた翼は無念を噛みしめるように硬く握り締められていた。
「すまん……そこについては、リカバリーが効くとは断言できない……っ!」
まるで不治の病を宣告する医者のように苦悶の宣告をした。
……歩夢は、天を仰ぐ。
レンリはひとつ思い違いをしていると思った。
彼女は木石ではない。
部屋は壊滅的であったにせよ、乙女としての自覚とコンプレックスを人並みに抱えている。自分には精神的によりも肉体的に、女性として決定的なハンデがあり、そこについてまったく気にしていない、と言えば嘘になる。
本当に余計なお世話で勝手な解釈だが、やはりレンリの気遣いは正しく的中している。
が、世の中常に正論が人のためになるとは限らない。
――彼女は、木石ではない。
表情に乏しいが、当然感情はある。面倒だから表に出さないだけだ。
触れてはならぬ痛みがある。それに触れられた怒りがある。乙女の花園……いや禁忌の平野へ土足で踏み込んだ無法者に対する、断固たる報復心は持ち合わせている。
次の瞬間、自分でも驚くほどのスピードとパワーでもって、レンリのアフガンストールを掴み、殴りかかっていた。




