(12)
歩夢が朝起きると、全てが片付いていた。
細かいゴミは片付き、勉強机は新品同様に磨き上げられ、制服はハンガーにかけられ、キャビネットは角に血のついたまま資源ゴミとして
憮然としたままリビングに行くとそこも片付けられ、Amazonの段ボールの中に隠遁して久しかったソファ君が顔を覗かせていた。
「おはようさん。よく眠れたか? 今朝ごはん作ってやるから、ちょっと待ってな」
昨晩の歩夢のことなど知ってか知らずか。バカみたいな笑顔を繕って、カラスがキッチンから顔を覗かせる。
ストールを丁寧に折り曲げて額に巻いて三角巾に……三角巾に!? あの羽根で!? まぁともかく、家政婦のような出で立ちが、なおさら苛立ちを加速させる。
現状のレイアウトが都合が良かったのに勝手にいじりやがって、と怒ろうとも思ったが、やめた。それは片付けられない女の理屈だ。不満を述べれば、まるで自分が不調法なダメ女のようじゃないかと思った。
「……どういう風の吹き回し?」
動機を、問う。相手にしてみれば、放置しておくと精神衛生上よろしくない程度の、何のメリットもない行為ではないのか。
すると居住まいを正してレンリは言った。
「お前を見て思ったんだ。お前、家庭環境は言わずもがなだが友達もいないし、控えめに言ってコミュ障だし、表情筋が死んでるし目が死んでるし、オマケに片付けられないダメ女だし、角のあるキャビネットは下に置くし」
「片付けられないわけじゃない。あえてやる必要がないだけ」
「で、同じ釜の飯を食うことになった身の上としちゃあ、とうてい看過できるもんでもない。というわけで、余計なお世話を承知でお掃除させてもらったよ」
「……本当に余計なお世話だよ」
「じゃあついでにもうひとつ。まぁこれは決意表明みたいなもんだけど」
皮肉でもなんでもなく、直截に不平を申し立てる歩夢の目を、碧眼が覗き込む。直視する。それを避けて、歩夢は顔を背け
「俺はお前のお兄ちゃんになると決めた」
ようと、した。
「……は?」
思わず聞き返す。
反射的に、流すことができなかった。
「俺が思うに、お前に必要なものは人のぬくもりだと思うんだ。人と関わることで、世界の尊さ的なアレを感じられると思うんだよな。そうじゃないから、お前は良くないものに魅入られたんだ」
などと独り合点。翼を組んでウンウンと自己満足。
……それは、あまりに歩夢にとってクリーンヒットな発言だった。もしくは地雷を走り幅跳びで踏み抜くにも似ている。
自分がとうに諦めていたものを。
期待することを辞めたからこそ、心の平穏を保てていたものを。
どれほど鈍感だろうと鳥類の脳ミソの容量だろうと、今までの自分の言動から察せられるはずだろうが。
それなのに。
今になって。
こいつは。
歩夢は、ギリギリと眦を引き絞る。弓のように。
そんな彼女の様子を気取る様子など微塵もなく、カラスはバカみたいに楽しそうだった。
衣食住足りて礼を知ると古人は言った。
まさしく今の足利歩夢がそれで、あのブアイソは生活の余裕のなさから来るものだと俺は見た。
住の問題は片づけた。
食だってすぐに用立てられる。
衣だって、俺じゃなくても鳴が見立ててくれる、と信じている。
……いや、でも分かってる。
結局肝心なのは、あいつ自身がそれに心動かす契機だと。
そのためなら、俺はマスコットにもピエロにもなる。
そのためなら……俺は、変な語尾の練習をするカラッス!




