(1)
明晰夢、というものを足利歩夢は初めて見た気がする。
おおよその人間が夢を見れば早くて起きてすぐでも見た内容を思い出せない、昼を過ぎれば夢見たこと自体を忘れてしまう。
彼女の十五年の人生においても、そうだったはずなのだが、今回ばかりは違った。今でもその光景は焼き付いているし、しばらくは忘れられそうにもない強烈さだった。
何より異常なのが、世界と自分の命が焼け落ちるというこの上ない悪夢であるにもかかわらず……不思議と、悪い気持ちではなかったことだった。
だからこそ、嫌だった。
(まぁこんなとこに入れられるからかな)
歩夢はやや身の丈に余る、学校指定のコートをかき合わせながら、そのポケットに入ったパンフレットを見た。
私立剣ノ杜学院。
全校生徒および教員が二千人在籍している。偏差値は高すぎもせず低すぎもせず。少なくとも勉強に熱心ではない彼女が入学試験に合格できる程度か。彼女自身にとってはどうでも良い点だった。
長い歴史を持つ学校らしいが、それも別に興味を持たせるに至らない。
施設は数年前の暮れに爆発事故があったとかで改装されたが、今なおどことなく明治大正の趣を持つその校舎の中心に、中庭があった。そこが事故の中心だった。
パンフレットには在りし日の中庭が映っている。
緑がアーチのように覆い包む白亜の噴水。ゴシック調だかバロック調だか知らないが、そのレリーフは、あの夢で見た残骸のかたちとよく似ていた。
寝る前になんとなしにこんなものを見ていたのが悪いのだ、と歩夢は自分に言い聞かせ、反省を強いた。だから荒唐無稽な夢を見るハメになるのだ。
歩夢は自身を嗤い、そしてパンフレットをコンビニの可燃ゴミの中へと投げ入れた。
「はっ」
失笑。
あんな巨大な剣など、どこに見られると言うのか。そんな物騒なものが刺さっていれば、とうに観光名所になっているかニュースやYouTubeで散々に取り上げられていることになって、悪い意味で有名校でなっていたことだろう。
そして世の中は、彼女にとってもうすこし風通しの良いものになっていたはずだ。
住宅街に挟まれたなだらかな、だが長く続く坂道の先には、校舎が見えてくる。
トンネルを越えれば雪国ならぬ、峠を越えれば剣の刺さった異世界でも広がっているとでも言うのか。
そんな訳があるか。
あった。
剣が、望む校舎のど真ん中に、それはもう見事に刺さっていた。動かしようも倒しようも、傾きようもないぐらいにブッ刺さっていた。
「いやいや……」
歩夢は自分の目と正気を疑った。
だがいくら目をこすり、意識を集中させても、剣なんだか柱なんだかよく分からない、長細い異物は、変わらず学び舎に鎮座している。まるで何ものかを、待つかのように。
「いやいや、いやいや」
少女は繰り返す。
今自分が見ている光景はやはり夢の延長ではないかと勘ぐった。
現に、ただ半透明の刀身が地に向けて埋められているだけで、その周囲に変化はない。同じ通学路を先行する生徒たちの流れも、淀みなく流動している。
となればそれは、頭がとうとうおかしくなった自分の視る幻覚なのだろう。
だが、そう否定することもできない圧倒的な重量と現実感を、その剣は歩夢に押し付けてくるのだった。