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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第九章:祭りの、シマイ
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(22)

 空間の隔たりの外より的確に。急所に。一旦は分散されたその身が集まった説なのタイミングを見計らって。

 注がれた光の槍襖は、多治比衣更を穿ち抜いた。

 一瞬で、決着をつけた。

 まるで、レンリの説得苦闘、それら一切の努力など無駄であると言いたげに。


 レンリがオルガナイザーを解除すると同時に、世界は元の場所、あるべき位相に『三人』を戻す。すなわち学園祭を見下ろせる、その屋上に。

 ヒビ割れたドッグタグが、衣更の頽れた膝の辺りに、得物とともに落ちた。


 風音が鳴る。空に浮かぶ雲に大穴を開けて、何かが、飛び去っていく。

 その機動力を発揮できるホールダーを、レンリは一つしか知らない。


 その今の持ち主たる少年が現れたのを、彼女は見開いた目で見返した。

「か、ず……」

 そしてそれは、レンリとて同じだった。

 多治比和矢がここに現れることは、彼の想定、打ち合わせの中にはない。

「……俺がやるはずだったろ」

「あんたにやらせるワケないじゃない。これは、家族の問題だ」


 半ば無視するように一瞥もくれず、和矢は衣更に、

「駄目だよ」

 と冷ややかに。いや、努めてそうあるように言った。

「その娘の身体は、その娘のものなんだ。だから、あげられないよ。だって、もうさ」

 消え入りそうになる語尾。その締めの句は、絞った口元に潰された。


「……そうだね」

 衣更は消え入りそうな声で返す。儚げに目を細めた。

 上体が大きく揺らぎ、前のめりになるのを掬い上げたのは他ならぬ和矢。

 そのまま自らの腕の中に抱え込んだ。


「分かってた。分かってたよ……意味がないって……それでも、他の子たちも……恨みはないって……役割を終えたら終わった自分たちは還るだけだって……でも、だったら、あたし達の救いは、どこにあるのかって考えたらさ……誰かが、声を、あげなくちゃ……」

「分かってる。分かってるよ」

「……でも、それが、その責めを負うのは、君であってはならない……君は、何も、悪くない」


 そう、努めて押し殺そうとしてきた感情が、彼の内より決壊する。

 過呼吸。震える唇、引きつる頬に伝う涙。だがその目は、悲しくなるほどに優しく。

 かぶり振る少年の顔に触れながら、衣更は微笑んだ。


「君は、君自身の人生を生きて……カズ君」


 掴み取って応えようとした、和矢の掌をすり抜けて、脱力した彼女の手は地面に落ちた。それと同時に、『ハイ・ユニット・キー』が自壊する。


 彼女の瞳孔を覆って濁らせていた、靄のごときものが晴れて、澄んで無垢な少女の輝きを取り戻す。


「あれ……和兄さん……え? なにが、どうなって……?」

 そう呼ばれた和矢は息を呑みつつも、その時にはすでに涙を止めていた。

 そして赤みの残る目元で明るく微笑を返しつつ、

「なんでもないよ……おやすみ、衣更」

 と、()の前髪を撫でつける。

 その丁寧なタッチに安堵したのか。多治比衣更は緩やかに瞼を落とした。


「……すまない、すまない。衣更、和矢」

 その身をそっと横たえる和矢に、レンリは詫びるよりほか、言葉がない。


 刹那、寝かしつける優しい手から一転、硬く握りしめた拳が飛んで、人間に戻った青年の頬を鋭く殴りつけた。


「今更謝罪とか要らない。あの人がどう言おうとも、元々は、おれのせいなんだからな」


 静かに冷たく、旧知を見つめる。だがその面持ちに浮かぶのは、拳の烈しさに反して冷ややかな侮蔑だった。


「でもおれがあんたを許すことはないよ。だってあんたは……」

 言葉を詰まらせながら、和矢は喉に下りた霜を吐くがごとき、痛ましい嗚咽を発した。



「あんたは……あの時、おれがどれだけ謝っても……許してなんてくれなかったじゃないか……っ!」


 そして最後に――ひどく短い、その名を呼んだ。


 衣更を抱きかかえ、その場を後にする。横切る彼の肩に伸ばしたレンリの指先は、触れることなくすり抜けて言った。


「違う、それは……違うんだ……和矢」

 その後に零した掠れた弁明など、もはや空しいだけだった。

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