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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第九章:祭りの、シマイ
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(21)

 その『黒き園』は――

 生身の人間がその生命維持できない空間ではあるが、しかしてどこかに転移するようなことはない。むしろこの世のどこへも通じていない。

 焦げた木々や瓦礫は立体であるはずにも関わらず、どこか平面的で現実感がない。まるで、舞台にあげられたカキワレのようだった。


 それはそうだろう、と誰あろうレンリ自体は納得している。

 ここは、今居るこの世界のものではない。

 すでに失われた光景。最後の土地。彼自身の記憶に強烈に焼き付いて離れない、一枚のネガだ。


 その幻像の中を、無数の車輪が駆け巡る。

 空間それ自体を削りながら、速さと力と工夫の限りを尽くして、レンリを攻め立てる。

 その一撃でも当たれば骨が砕ける。その回転に巻き込まれようものなら肉が削げる。

 道徳、倫理観などすべてを引き換えにして。

 当たり前だ。ここに敷くべき方はなく、彼女はすでに人間社会に在らざる化生であり、己はそのような情けをかけられる必要のない畜生だ。


 だが、標的が己ひとりに絞られているという点においては、読みやすい。

 その攻めが一極化する瞬間を狙って、レンリは飛翔する。

 今この身は只人の者に非ず。いや、受けるべき報いは受け切る覚悟で。ある程度の被弾を承知のうえで、衣更へと肉薄せんとした。


 だが、彼女はその間際に分裂した。

 四肢、頭部、胴体問わず、車輪となって分かれて散る。

 四散したそれらはカラスを押し包む。数を恃んで押し込み、追い込み、防備の体勢、装甲を削っていく。

 のみならず、裂けた空間へと飛び入り、好き放題に世界の裏を遊泳してまた別の亀裂より不意打ちを仕掛ける。


 やはり、常に前線で戦ってきた相手は咄嗟の機転の早さが違う。場数の差が出ている。

 その異形の力は『多治比衣更』のものではない変異体だが、それを、そしてこの空間を我が物としてほしいままにしている。


 ――だったら、術はない。

 鍵の、この力の、『征服者』の力で強引に押し切る以外に。


 傍らの空間に亀裂を入れる。手を伸ばす。虚数より引きずり出す。

 己の得物。長き儀仗。三日月の煌めきを。CMタイプのストロングホールダーを。


〈布告・グレード5・クレリック〉

 そこに装填されたままの、『ユニット・キー』を起動させる。

 むろん、規格外であるハイレギオンは、先に『維ノ里士羽』が実演してみせたように、いずれのグレードにも当てはまらないので停止させることはできない。

 

 ――だがここは、曲がりなりにも、紛い物でも、『黒き園』だ。


 地面に、ホールダーを突き立てる。

 レンリの背よりせり出すのは焦天を衝き上げんばかりの黒き巨剣。影の剣。剣の影。


「お前……お前ぇぇぇッ!」

 その姿を目の当たりにした――と言ってもどこで見、そしてどんな原理で吼えているのかは知らないが、多治比衣更は激怒した。

 その怒りも、案の内だ。


 なけなしの理性さえも吹き飛ばした彼女は、猛攻を仕掛ける。

 だがその攻めが一層激しさを増そうとも、統制と冷静さを欠くがために、対応しやすい。

 かつ己の手数は増えている。


 影の『上帝剣』が閃く。それが矢となり一基一基の車輪を射落とす。変化する校舎とそれによって歪む空間の口が、彼女がその亀裂を利用することを良しとはしない。

 それでもなお掻い潜る攻撃は、もはやその手脚とホールダーそれ自体で弾き返すことが可能だった。


 痺れを切らしたか、その散発的な攻勢が無為を悟ったか。

 散った車輪がもう一度集結する。肉体の形をとり、長柄を掴む。

 レンリは、自らの右手を掲げ、五指の間隔を力を込めて狭めた。


 空に、紅い亀裂が稲妻のごとく奔る。

 倍加した重力が、衣更を、そしてレンリ自身を締め上げた。


 ――ここに引きずり込んだ時点で、すでに最後の決定権は己にあった。

 空間そのものの圧壊。自分たち諸共に破棄。

 今、この疑似空間を支配下に置くレンリには、それが可能だった。

 どれほど分裂しようと、関わりなく葬れる。


「これが最後通牒だ……その娘を解放してくれ。それにお前のことだって、葬ることは本意じゃない。歩夢のことは、諦めてくれ……」

「……温情? 今更? 世界人口六十億を見殺しにしたあんたが!?」


 そう言いつつ、その手は衣更自身の『鍵』を握っている。

 それを石突にセットしつつ、


「その中には、あたしたちも含まれていた……ッ」

〈チャリオット・クラッシング・チャージ〉


 その切っ先に車輪生成される。何枚も、縦に重ね合わさる。それが幾倍にも輝きと共に膨張し、それこそ殺戮兵器の様相を呈し始める。


「今更なんだよ。あんたはただ、同じことをすれば良い」

 と、最後は静かに零す。

 だが展開するホールダーの先端は、激しい回転とともに石畳を削り、地を捲れ上がらせながら、レンリめがけて爆進する。相討ち覚悟の特攻だった。


 ――きっと元より、この相手もまた……


 その必殺の重撃を正面から受け持たんとする矢先、裂けた時空より、光の柱が降り注いだ。

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