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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第二章:上帝の、ツルギ
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(7)

 痛ましいまでの沈黙が、剣と相対した空間を支配していた。

 西等の多治比衣更が、呆気にとられたままに腕の力を脱き、危うく兄を取り落とそうになっていた。


「あっぶね!? ……ちょっとォ?」

「ご、ごめん」


 慌てて自身と三女の力で持ち直し、和矢は抗議する。次女は謝る。スラリとしたモデル体型の彼女だが、その身の丈に比して性格は控えめで、声も士羽の位置にかろうじて届く程度に小さかった。そんな彼女が率先して行動に出られるという点で、兄妹の仲の良さが窺い知れる。


「つまり、センパイはこう結論づけたワケですか?」

 その傍らで、多治比三竹が問うた。


「このでっかいのはこの学園にいる誰かひとりを、世界を滅ぼす怪物に変えるために、落ちてきたと。で、今のところ誰がソレになるか、分からないと?」

「数は絞れますよ」


 揶揄するような物言いに、士羽は論を反す。

 もっともこれはあのカラスのもたらした情報であり、彼の希望によって自分の発見として伝えなければならないというのが、癪ではあった。


「要するに、今までのレギオンはその成りぞこないということ。であれば、一度レギオン化した人間は『征服者』の適合者たりえない」

「てことは、ウチの衣更は除外だな。良かったなー」


 校舎に身を引き戻した和矢は、カラカラと笑いを転がしながら、次女の頭頂を撫で回す。衣更は、赤くなった頰を、ブラウスの襟に沈めるようにした。

 一見おちゃらけて情けないように見えた和矢だったが、ふざけている様子はない。むしろ次の瞬間には、その場にいる誰よりも剣呑な面持ちで、士羽を見返していた。


「北棟の大半も『出戻り組』だ。その条件からは外れる」


 次いで応じたのは、北棟の管理人たる白景涼だった。

「自分以外は」と付け足して。


「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 その傍で南部真月が、甲高い声をあげた。


「なんでみんなふつうに受け入れてんですか!? 世界はどうとか異世界だとか! そんなの本当かどうかさえ怪しいじゃないですか!?」


 学校を代表する怪人傑物の中において、つい最近まで一新聞部員だった彼女は、この場にいる誰よりも人間らしい感性を保っているとも言える。


「そだねー」

 窓の縁に寄りかかって、所在なく腕を遊ばせながら、和矢が同意した。


「おれもそこんとこ気になったんだけど……それ、どこ情報よ?」


 三女に似た、抜け目のない狐狸の眼光が絞られる。士羽を捉える。

 だが、その視線も詰問も、彼女の動揺を誘うには至らない。


「新しい発見など、そんなものですよ。あるいは真理は、そこらへんに転がっているものかも知れません」

「つまり、気づいたのはまったくの偶然だと?」


 東棟代表、輪王寺九音の短い追及が、こちらの真意を探る。

 もちろんこれについては、士羽は明確に嘘を吐いている。

 上帝剣に対する事の真偽はともかくとして、現にこの情報をもたらし、かつ今なお多くの秘密を抱えているレンリは、それ自体がパワーバランスを崩しかねない存在だ。誰にも察知されてはいけなかった。


「だとしたら」


 士羽の頭上に、別の女の声が落ちた。誰よりも、攻撃的な韻を付与して。


「真っ先にその候補となるのは、貴女でしょうね、維ノ里」


 副会長の賀来久詠。

 多分に揶揄を含ませた彼女は、勝ち誇るようにして続けた。


「だってホラ、その『征服者』でしたっけ? それになると人間性を喪っていくんでしょう? そんな仮説でシラフで吐ける今の貴女もまっとうとは言い難いわよ」


 むろん、これは士羽の言に賛同してのことではなく、その揚げ足をとっての皮肉だった。


 士羽としては、彼女の挑発にさして嫌悪を抱くことはなかった。というよりも、なんの感情も興味も、この輩には持ちようがなかった。


「べつに、信じてもらおうとも思いませんよ」


 そもそも、自分が何かを言ったところで従おうとしなかったのがお前たちだろう、という言葉を裏に隠して、淡々と隠者は告げる。


「ただこれは、ちょっとした約定を果たしに来ただけですよ。あとは、古巣に対するせめてもの温情といったところですか。だから、これを受けてヒーロー気取りで活動しようと怖じて逃散しようと、魔女狩りを始めようと、私は一向に関知しないし、興味もない」


 敵意、困惑、詮索、静観。

 立場や向けられる情の色は様々だが、士羽に味方をする者はいない。


「信じよう」

 ――かに思えたが、そこで加担の声明が重みを乗せて発せられた。

 誰でもない。今まで自身の懐刀の背後にあって状況を見守ってきた、征地絵草だった。


「会長!?」

 諌止しようとする久詠に一瞥をくれて黙らせて、あらためて眼下の白衣へと視線を移す。


「我らに力を与えた天才、維ノ里士羽の言は、いまだ千金に値する。たとえ袂を別っていようとな」

 士羽は応えず、ただ帝王気取りの生徒会長を睨み返しただけだった。


「それに、取り立てて大きな方向転換をするわけでもない。各々の領分と権限においてレギオンや因子感染者の予兆を察知し、その芽を摘み、鍵を回収する」

「――雪原から角砂糖をすくうようなものじゃない……」

 ぽつり、真月がこぼした。本人には誰かに聴かせるつもりはなかったろうが、会長は耳ざとくそれを拾った。

「だが他に手立てもなかろうよ。だが警戒はより厳に、連携を密に。事の真偽や詳細は、いずれ我らがつまびらかに明かしてみせる。それまで、皆には一層の精進を期待する……以上、これにて解散とする」


 美味しい所をかっさらったと言うべきか。それができるからこそこの委員会の現総領たりえると賞賛すべきか。

 ともかくとして鶴となった征地絵草の総括の一声によって、少年少女たちはそれぞれの持ち場へと、それぞれの責務を果たすために戻っていった。

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