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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第九章:祭りの、シマイ
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(17)

 ――多治比衣更、南洋に現れる。

 その報は、その場に居合わせた一同を凍り付かせた。

 活気と熱気にあふれた何も知らない周囲との温度差は、まるで夏日にガラス張りの冷凍庫にでも閉じ込められたかのようで、自分たちの異物感を強烈に覚えさせる。


「正しくは、彼女の使役していたあの車輪ですが。多治比衣更自身の姿は確認できていません」

「……だが、鳥や和矢先輩の目当ては外れたってわけだな……まぁ、そこの妹はどうか知らないがな」


 士羽の補足を受けて鳴が睨んだ先、誰よりも泰然とした様子で自身の端末を弄っている、多治比三竹がいる。


「あれまぁ、失礼な言い様ですね」

 と心外そうに眉をひそめつつも、その表情は、そう疑われることもすでに承知と言わんばかりの、余裕の訳知り顔。


「そもそも、なんだってライカがあっちにいる?」

「それは偶々ですよ」

 フォローを入れるつまりではないのだろうが、士羽は言い添える。

「どうにも澤城灘と遊びに行く約束をしていたようだったので、見回りも兼ねて私があちらに回しました」

「お前にしちゃ気のつくことで」

 と皮肉気味に褒めつつも、なお鳴の双眸からは疑惑の色は抜けてはいない。


 韜晦は時間と労力の無駄と悟ったのか、小悪魔じみた赤い舌先を出して、三竹は言った。


「まぁその動きに乗らせて貰いましてね。内通者のフリして愚姉に漏らしたんですよ。『ライカ先輩と一緒に足利歩夢が南洋に来てるから、各個撃破のチャンスですよー』ってね。で、その虚報に見事ひっかかったって訳でして」

 なるほど、と一同は頷いた。だが、それは彼女の言動をポジティブに捉えたゆえではなく、


(お前はクソだ)

 という軽蔑の念で合致していたがゆえである。


「なんですか、そんな悪い策ですかね?」

 冷たい視線の斉射を浴びても、末妹はどこ吹く風だ。むしろ、彼女らの見識の狭さを

「別に自分個人の身の安泰を図ったわけじゃないでしょ? いくら有事の際の隔離体制が整ったって、一般人も無作為に来場してる状況下でドンパチなんて正気の沙汰じゃないですってば」

「条件なら南洋だって同じだろ。あっちだって超大規模な学祭の真っ最中だ」

「あそこはまぁ、カオスというかタフというか。多少の荒事なら受け入れる度量があるじゃないですか。そこで無駄足踏ませて時間切れになればこっちの勝ち。仮に対応し切れずメチャクチャになったって……その分あっちの客がこっちに流れればもっけの幸い。ホールダーや『キー』の貸し出しで儲けられる」


 なるほどこいつは、内通者を装った味方なのかもしれないが、獅子身中の虫であることには違いないだろう。


「……ま、そんなことだと思ってさ」

 業深い妹を苦笑交じりに眺めつつ、和矢はスマホ片手に言った。

「すでに、追加で忠犬を送り込んどいたよ」

「忠犬だ?」

「分かるでしょ、ホラ。あのライカの犬」


 表し方は酷いものだが、言わんとすることは通じはする。

 なるほど見晴嶺児の抜けた図体が、この場にはない。

 そしてなるほど、彼ならばライカとの連携も専守防衛も可能だ。これ以上なく適当な人選と言えるだろう。


「へぇ、ずいぶんと手際が良いですねぇ和兄」

「そう? 偶然じゃない? ただライカだけだと、あっちのお友達と仲良くお話とかできないかなーとか考えての、おれなりの配慮」

「配慮、ね。ま、そういうことにしてあげます」

「どうも、ありがとう」


 言葉としては飾り気ないながら、とても高校生の兄妹の間柄とは思えない不穏な空気が醸される中、

「なんか、よく分かんないけど」

 挙手と共に歩夢は口を挟んだ。

「とりあえず、こっちの学祭は安泰、てことで良いの?」

「……あぁ。南洋にしても、あの二人が粘れば、まぁそんなヒドイことにはならないって! あそこ、三竹の稼ぎ場でもあるからさ、いくらクズでも、そこが損なわれるような小細工はしないし、その程度は矜持はあると思う」

 そう答えたのは、レンリだった。

 こころなしか硬い声でそう言った彼に、ふぅんと相槌を打つ。


「さっきから散々な言われようじゃありません?」

 張り付いたような笑顔とともに抗議する三竹を無視して、首を巡らせた歩夢は、

「じゃ、その分遊び時間空く訳だ」

 と聞こえるような独り言をこぼした。


 さりげんなく、だがしきりに上体と両腕を揺らし腰をひねる様は、そしてレンリを盗み見るようにしながら「ふーん」と繰り返し呟くのは、あからさまに何かを訴えんとしているようでもあり、直接それを口に出すことは憚られるがために汲み取って欲しいと願うようでもある。

 そしてそんなレンリの読みはおおむね当たっていることを、背を小突く鳴の沓先が教えてくれている。


 ふむ、とレンリは推察する。

 まず考えられるのならば、まずお手洗い。それなりの時間、立ちっぱなしで中座を言い出すタイミングを逃し続けていた、という可能性がもっとも高い。だがそれはあまりに安直すぎる、素人考えというものだ。

 ヒントとなるのは、自らの身体でアピールするその姿。歩夢は根拠皆無の自身家であるようであり、存外に自分の分は弁えている向きがある。まさか、貧相な痩躯を今更拝ませたいわけではないだろう。

 となれば、答えは一つだ。


 くわりと円い双眸を開眼し、親指に相当する部位の羽根を無理やりに押し立て、疑似的なサムズアップとともに、

「そのアイドル衣裳、似合ってるぞ」

 と笑いかけた。


 げしげしげしげし。

 鳴の蹴りが「そうじゃねーよ」と言わんばかりに激しさを増す。そこに何故か士羽が緊急参戦し、さながらリンチもしくはフットサルのごとしだった。


「……わぁー、さすが歩夢ちゃん博士、ナンデモキヅイテクレルナー」

 だが歩夢は半目半笑いで誉めてくれた。

「ほら、本人正解だって言ってるじゃないか」

「……陰キャに気を遣わせるレベルなのがなんかもう終わってんな、こいつ」


 鳴はそうレンリを冷罵したが、そもそも陰キャとは過剰に他人の耳目に対し気を遣うがゆえに何もできない人種ではないのか。

 という思考の脱線はさておき、どうにも見当が外れたことらしいことは受け止めるしかない。

 だが、正答を模索するより早く、歩夢は溜息交じりに


「まぁ、たしかにそれも言ってもらいたいコトではあったんだけどさ……初見の段階で」

「……ごめんな。あの時は色々いっぱいいっぱいでさ」

「それは今もでしょ」

 歩夢にあっさりと返されて、レンリはぐっと声を詰まらせた。

「許す。行ってきなよ」

 彼女の求めていたことは分からずじまいだったが、おそらくは――こっちの考えは、読まれている。


「じゃ、わたしは折角だしこの姑娘(クーニャン)たちと遊んでくるから……あ、WAON、使えますか」

「だからイオンじゃねーってんですよ」

 そう言って立ち去る少女の背は、鳴たちに囲まれていながら、どこか、寂しげなようにも見えた。


 そして程なくして、その一行からいつの間にか、レンリと和矢の姿が消えていた。

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