(15)
屋台の前を、様々な格好に扮した生徒たちが通り過ぎていく。
元より、東西折衷をコンセプトにした飲食ブースというだけあって、適当な民族衣装をまとった店員が行き交うのに加え、冷やかしや昼休憩、あるいはそれに視察を兼ねたレイヤーたちも入り乱れており、一帯は混沌とした様相となっている。
……もっとも、一頭身のカラスなどは、レンリよりほか誰もいないが。
「そんな辛気臭いカオで座り込むな。ついうっかり蹴りそうになるし、蹴りたくもなる」
隣に拠ってそんな物騒な苦言を呈したのは、チャイナ服の的場鳴だった。
いや、伝統的な意匠と呼ぶにはスリットがえぐいし、胸元の結び目の数も少ないし隙も多くなっている。
中にはシャツを着ているそうだが、それでもロマンを求めてやまぬ男連中が、わずかな希望にすがってその胸元を覗きこもうとしているのが覗えた。本人もそれは承知しているだろうが、馴れ切った自然体だ。
「良いだろ。どうせここにいるほとんどの人間には、俺は認識できない」
いっそのこと、許されるのなら、このまま消えてしまいたいとさえ思う。
「……学祭当日まで引きずったあげく、この格好に反応しない辺り、相当ダメージデカいらしいな、和矢先輩の件」
「……」
「ま、世界を滅ぼした以上のウソや隠し事があったところで、どーでも良いけど」
と前置きしたところで、鳴は言った。
「あいつの傍にはいてやれよ」
レンリは、屋台の骨に背を預けた。投げた碧の視線の先、見晴嶺児、ライカのコンビとラーメンの試食会をしている歩夢の姿があった。
「……悩みは、したさ」
と、鳴からの釘刺しとはズレた引っ掛かりから、答え始めた。
「お前らが俺を絵草から救った時からな。これから先、後悔も苦しみもするだろう……でも、歩夢の言葉と行動で、覚悟自体は決まっている……分かってる。俺は、最後まであいつの側に立つよ、鳴」
彼女は胸の下で腕組みしつつ嘆息した。
「どこぞの引きこもりみたく、理解ったつもりで判ってないって感じがヒシヒシと伝わってくるんだけどな」
それに答えずにいると、
「まぁとりあえず説教はやめとくか。なんか奢ってやるからそれで気を持ち直せ」
隣の少女はそう言って気前の良さを見せる。鳴はやはり、懐の深い女なのだろう。かつても、そして今も、その器量にどれほど救われてきたことか。
あらためてそのことを噛み締めつつ、また甘えるべく、レンリは目線をその豊かな懐に向けた。
「じゃあ、ジャンボ肉まんください」
「人の胸ガン見しながら言うな」
「違います。首に角度でそう見えるだけです」
「詭弁をぬかしやがって。言っておくが、他と違って冷凍だぞ」
台所事情をぶっちゃけつつも、程なくして業務用店で大量買いしてきたと思しき、大ぶりの肉まんが紙皿に載せて渡された。
「ぢゅううううう」
「うわきっしょ、マジきっしょ!? 凝視し続けたまま肉まんの先っぽ吸うな! 一瞬でもお前を気遣ったことを全力で後悔させるムーブかましやがって!」
鳴が嫌がろうと何であろうと、母性を疑似体験することで、いくらか気分はマシになった。
なけなしの人としての尊厳がいよいよもって根底から崩れ去ったような気もするが、それもこの多幸感とは較ぶべくもない。
「……ありがとう。お前にバブみを感じて少し、楽になった」
「あたしが受けた精神的ダメージに対してその安いお礼って、コスパ最悪だけどな」
「いやいや、決して安くはないよ」
などととぼけつつ、レンリは肉まんをクチバシで啄んで立ち上がった。
「おい、どこに行く?」
「んぐ……最終調整。和矢と打ち合わせに行ってくる……向こうは極力会いたくはなかろーがな」
巨大点心を一息に飲み下すさまは、我ながらカラスというより鵜のようだな、と考えつつ、レンリは手を振り翼を揺らし、その場を離れた。
そして、初日には結局多治比衣更は現れることなく、学園祭は二日目へと突入するのだった。




