(14)
時変われば、色も変わる。
昨日まで学園祭の準備もしてきた。その時点ですでに、準備自体はほぼ出来上がっていた。
しかし実際に開催となって、人が入ると勝手が違う。
普段は決して入ることのない一般の来客。その期待と好奇に満ちた顔つきは、校内それ自体をも鮮やかなものにする。
そしてそれを迎える側も同じだ。
衣装合わせはしてきたが、実際に客の前でそれに袖を通せば、気の入りようもまた違ってくる。
あからさまにウケを狙ったもの。あるいはここぞとばかりに自身のプロポーションや容姿を個性的かつ扇状的な衣装で披露する女子。そしてどちらかといえば、歩夢は後者に位置していた。
彼女のそれは、あえて言うなればアイドル衣装に近い。
紫とピンクを組み合わせた、フリルのついた丈の短いスカートで唯一無二の長所である客船美を強調。逆に上半身の露出は抑えて清楚さもアピール。
そんな彼女に誘われ、いざ教室に入ってみれば……
「はーい、楽しい輪投げゲームだよ。あそこのトイレットペーパーの芯に100均で買ってきた輪っかが引っかけられれば、常温のオレンジジュースの紙パックをゲットだ」
「売り子の見てくれはいいのに内容物がゴミ!」
ライカは思わず声をあげた。
彼も彼とて手製のファンシーな衣装に身を包んでこそいるものの、文化交流として意義のある展示物や催しをしているからこそ、その侘しさが際立つ。
「いや、なんでオマエらのクラス、こんなことになってんだ……」
「この衣装で予算の大半を使っちゃってさ。オマケに西の連中の買い占めが酷いのなんのって。気付いた時にはちゃんと企画決まる前に一帯資材とか売り切れだったんだよね」
「料理マンガの敵キャラの妨害かよ」
だがそれで、ここの異様な士気の低さと、クラス委員らしき男子が片隅で頭を抱えて椅子に座り込んでいる光景にも納得はいく。
「……そういう状況なら、今抜け出せるよな?」
「デートのお誘いか」
「抜かせバカ……初日からキサラが襲ってこないとも限らないだろ。一応、囮捜査と見回りだ」
「良いけど、ついでに見てく? あんたの相棒とこの出し物」
「……様子でも見ておくか。メ・イの! クラスのな」
決して嶺児の頑張りを見に行くためではない。そう己に言い聞かせつつ、ライカは言った。
「というわけで、ちょっと宣伝行ってくるよ、いんちょー」
「……何がというわけなんだか分からないけど、良いよ……どうでも」
「まぁそう気を落とさず」
宥めつつ、華麗なアイドルターンと共にスカートの裾を翻した歩夢に、
「変わったな、君」
とその男子は声をかけた。
「前だったら、そんな気休め絶対言わなかったろ」
「それ、嫌味?」
「いや、素直に社会性の成長に感心してるんだよ」
振り返った歩夢に、ほろ苦く笑って彼は続けた。
「相変わらず変人のナルシストで、クラスのどのグループともつるまないけど、そうだな……なんというか、壁が無くなったよ」
ライカにとっては、歩夢とはこのクラス委員と比較すれば濃くも短い付き合いだ。だが彼の言わんとしていることはその中でなんとなく汲み取れる。
ちょうど自分たちとの戦いの間に、彼女の心境は変わったように思える。
「別に、大したことじゃないよ」
そんな己の変化に対し、無自覚でも謙遜するでもなく、淡々と歩夢は言った。
「身近で施し護ってるつもりのくせに、変わらなきゃ分からないヤツがいる。言葉を多くしなけりゃ拒絶したままのヤツがいる。こっちから歩み寄らなければ、助けられないヤツがいる」
恐らくそれは。
そこまでの決意を固めさせた気持ちは。
「……行くぞ」
あえてそこには触れず、少し表情を緩めながらライカは下級生に少女を促した。
〜〜〜
「おー」
ダンボール製の看板を小脇に抱えつつ、中庭に出てきた歩夢は、鳴のクラスの出し物の盛況ぶりに感嘆を発した。
軽く見て回った程度ではあるが、ここまで見た中で本棟中ではかなりの善戦と言えるだろう。
その屋台そばの幟には『オリエンタルラーメン』の力強い文字。
はてと歩夢は小首を傾げる。ラーメンなのにオリエンタルとはこれいかに。
「お、キタキタ来たー!」
と屈託ない笑顔でキッチンから出迎えたのは、件の見晴嶺児である。
(うわバンダナ巻いてるよ。うわ黒シャツだよ。うわ文字入れてるよ)
これで腕組みでもしようものなら、ステレオタイプの『意識高い系ラーメン屋店長』である。
ただでさえイカツイ男が体育会系ファッションにコーディネートされれば迫力満点。この格好で場所の交渉に赴けば、当然良い立地や材料を譲ってもらえたことだろう。
「ライカさーん、可愛かっこいいよー! と、足利ちゃん。どもども、調子はどうよ」
「……お前の方は、やっぱり芸もなく家業のラーメン屋ってわけか」
相棒の素性を皮肉混じりに言うウサ耳少年に、嶺児は得意げに胸を逸らし、
「ふふふ、実はオレ監修の完全新作よ? まぁ論よりショウコってなわけで、食ってみてちょうだい!」
そう意気込みつつ差し出されたのは、紙の容器に注がれた白く泡立つスープ。その上にクルトンが乗り、パセリが散らされ、チャーシューは鶏。
「オマエ、作り置きかよ」
「違うって、さっき上の廊下通ってくライカさんのウサ耳見えたからさー、時間見て準備してたんだって」
「いやナチュラルにキモいな」
といういつもの応酬はさておき、麺類に一家言あると自負する歩夢は看板を適当な場所に置いて割箸を手に一口すする。
予想外の味に少し面食らったものの、まろやかに仕上がっていて抵抗なく箸が進む。
ライカも追従して口にしたが、脊髄反射的に不平や揶揄が飛ばない辺り、相当に気に入った味だと思われる。
「……スープはコーンか」
味の良し悪しについては明言を避け、ライカは素材を当てに行った。
「ちょっと惜しい」
嶺児は嬉しそうに言ったのが、歩夢にも意外だった。彼女もまた、トウモロコシの味を舌先に感じていたのだが。
「トウモロコシはトウモロコシでも、芯からダシとってんだよね、それ」
「芯?」
「そ。最初はコーンチャーハン出そうって話になってたんだけどさ。その芯を捨てるの勿体無いじゃん? で、牛乳とかと混ぜてポタージュ風のスープにしたってわけよ。そしたらそっちのがウケて、ご覧の通り! いやここまで来るのにすげー苦労したよ」
なるほど、と歩夢は相槌を打つ。
そこからあえて自らの得意分野であろうラーメンに転用するという、その発想のインパクトもさることながら、基本はしっかりしているので安定した美味しさで楽しめる。
ラーメンとは認め難くはあるものの、
(クリームパスタ的な)
なんとも言えないコクがある。
洋の東西を合体させたからこそのオリエンタル、なのだろう。ネーミングセンスはアレだが。
本人が嘯く通り、それを目玉商品にするために並々ならぬ注力があったのだろう。その労苦、察するに余りある会心の出来だった。
それを噛み締めて歩夢は、比率としては男性が多めの来客を見回し、店頭と、その奥にいる店員を認め、そして彼女をおもむろに指差した。
「でも決め手鳴じゃね?」
「あ、やっぱり!?」
歩夢の示す先にはチーパオ……いわゆるチャイナドレスを死んだ目で着こなす的場鳴の姿があったとさ。




