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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第九章:祭りの、シマイ
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(11)

 多治比朔。多治比家の長女。

 今まで見て来た中で、もっとも最上級生らしい三年生だ。

「あ、そこ段差あるから、気を付けてね」

 細やかな気配りも出来、慈しみを向けることはあっても下級生を見下すことはせず、また不必要に偉ぶることをしない。


「……歩夢も、こんな母親や姉がいたら、少なくとも他人の痛みが分かる人間にはなれたのにな」

「え、なんでわたし手遅れになったヴィランみたいな述懐されてんの」

「育児放棄しないでください、『お母さん』」

「お前の面倒見るのだけでも手いっぱいなんだよ、イノちゃん」

「だっから何でお前らオブラートに包まないの!? ノーガードで殴り合うの!?」


 割とブラックなことをしみじみと呟く鳴が引率するかたちで、朔の先導のもとに歩夢らは、最寄りのエレベーターに乗る。

 武器の飛び出す鍵や装置より、こういう現実寄りの文明度に妙に感心してしまう歩夢だった。


 五人と一羽が同乗すると、中は僅かながらに窮屈と思える程度の面積だった。

 そんな中で無言が続くと、痛ましい空気でも流れようものだが、話題の種が無いわけがなかった。


「きーちゃ、衣更のこと、ごめんなさいね」

 と、朔は姉として妹の襲撃を詫びた。

「私たちも、あの娘がどうしてあぁなってしまったのか、分からない。和矢はたぶん、見当をつけていて、だからこそ貴方たちに会おうと考えたんだろうけど……そもそも、あのライカくんと交流があったなんて、まったく知らなかったし。今回だって自分一人でやろうとしたのを知った私が、無理言って案内役を申し出たし」

 名を挙げられたライカは、溜息をこぼし、

「アイツのキツネぶりも筋金入りだな」

 と言った。

 それから剣呑な目線で


「カズヤが、何らかの目的のもとにキサラをおかしくした、とは考えないか」

 最上階のボタンを押した朔へと切り込んで言った。


 朔は首を振った。感情的な所作ではなく、あくまで理性的に。

「あいつ、きーちゃんが突然あぁなっちゃった時、人目を忍んで何か言い争いしてたんだけどね、あの時、あの和矢が目に見えて動揺してて、悲しそうで……飛び出したあの娘のために、何日も探し歩いて倒れそうになるぐらいだったんだ」


 まるで面識のない歩夢にはピンと来ないし話にもついていけないが、どうやらそれは彼を知る者にとっては意外な行動だったらしい。ライカは少なくとも、戸惑っていた。


「にしても、呼び捨てなんだ、長男(おにーちゃん)のこと」

 歩夢はふと引っ掛かったところを、率直に口に出した。

「て言うか弟? ん、そもそも同じ三年ってことは」

「養子なんですよ、多治比和矢は」


 歩夢の素朴な疑問に答えたのは、士羽だった。


「社会奉仕の一環だとかで、多治比家は一代に一人、孤児を養育することが習わしだとか。もっとも、その孤児は汚れ仕事専門の構成員とするべく幼い頃から訓練を受けさせられる、なんて荒唐無稽な噂も立っていますが」


 朔は肯定も否定もせず、無言のまま聞き流した。


「でも、だからだよ」

 歩夢の足下で、レンリがポツリと零した。

「血のつながりがないからこそ、あいつは家族のまとまりを大事にした……いや、輪の外にいる自分一人が、家族にしがみつこうと必死だった」


 思いがけない存在が漏らした所感に、一同の視線が集まる。

 それに気付いたレンリは、

「いや、悪い。地元に似たやつがいるって話」

 と言い足した。

 もちろんその似た誰かは、彼の並行世界(じもと)の話であることは知っている人間には明らかだった。


「もっとも、こっちは末っ子だったけどな。姉たちの、特に三女の顔色を常に窺ってるような子だったよ。俺のラボにも、よく遊びに来ていて、それで……いや、うん。まぁ俺とも仲良くしてくれたんだ」

 誰にともなくそう呟いたレンリは、その彼に含むところがあるのか。細めた目の碧には、どこか苦いものが混じっていた。

「……和矢も、それに近いのかも」

 意外なことに、一番にそれに反応したのは、朔だった。


「私とあいつが逢ったのは、忘れもしない、八年前の雪の日。でも不思議と寒くなかった日。初めて見た時、あいつ泣いてたの。初対面の相手に怯えて癇癪を起こすんじゃなく、ただ頬に涙を伝わせた。でも和矢が涙を見せたのはそれっきり。あの日の落涙の理由を知りたくて、ずっとその姿を追い続けた。けれどもいつも笑って、明るく笑って、みんなのために身を削って……でも、いつもどこ寂しそうだった」


 穏やかだった彼女の周りの空気が、徐々に怪しくなっている。

 心地よいはずだった沈黙の間が、刺々しいものに移る。


 すでにエレベーターは止まって開いている。

「あの、着いたみたいすけど」

 朔は反応しない。何のボタンを押すでもなく、自然一度は目的の最上階に着いたエレベーターは平易なアナウンスとともに下へと下がっていく。

 二階で一度停まった。どうやら下に降りたのは、そこで学園祭の準備道具を持った生徒が利用しようとしていたかららしい。

 和気藹々と友人たち同士で談笑しながら同乗しようとしてきた彼らは、その人数の多さに戸惑い、


「なんでッッッ!?」

 ……声を荒げ壁に拳を叩きつける、多治比朔の形相に気圧されて退散する。

 もちろん、中にいた歩夢たちも例に漏れず肩をビクリとさせた。

「ぴゃっ」

 ライカに至っては可愛い悲鳴まで漏れた。それを恥じるように真っ赤になって俯いてしまった。


 外にいた生徒らが去り際、

「やっべぇ、朔先輩だよ」

「また劇場始まってるっぽかった?」

「うん……」

「スイッチ切れるまで近づかないほうがいいな」

 と呟いたのを見て、歩夢は言葉にできない何某かを悟った。


「なんで何も打ち明けてくれない、どうして何でも一人でやろうとする!? 話してくれないと、私はどうにもしてあげられない! 尽くすだけ尽くして、一方的に与えられても私、返せるものなんて何もないよ!?」


 ……おそらく、訴え自体は真っ当な感情と道理だろうし、それを吐き出す彼女も本心からそう言ってるし、真面目で善良な人物なのだろう。


 だが、なんだろうか。

 この共感性羞恥とそれを上回る圧倒的な恐怖感は。

 ドアが再び閉まり、上がるでも下がるでもない停滞した閉所と沈黙が、それらの感情を倍加させる。


「お兄さんのこと、好……大切なんだね……」

 所々詰まらせつつも何とか言った歩夢に、知れず目元に浮いていた涙を拭いながら、

「うん……好き……辛いぐらいに……」

 と告白した。


「あ、そうですか。頑張ってください。応援してます」

「あのアユムが空気を読んでかつ他人に敬語と社交辞令を!?」

「でも片手剣ばりのバックステップを連続させるのをやめような。壁向けバグとか発生しないから」


 〜〜〜


 地獄のごとき時間は、意外にもあっさりと終わった。

 ボタンを操作せずに上昇したエレベーターは本来の目的であった最上階に到達した。

 ドアの開いた瞬間、空中庭園になっていた外から陽が差し込み、

「あ、戻ってきた戻ってきた」

 と、それを逆光にした女子高生が嘆息まじりに出迎えた。


「お前は……多治比三竹」

「その節はご指導いただきどうもありがとうございました、的場センパイ?」


 ブランド品らしい小物を身につけた瀟洒な彼女の名を鳴は呼び、その少女は多分に含むところのあるニュアンスで応じる。


 澤城灘捜索の折、別働隊として彼女たちが衝突したことは歩夢も知っている。

 そしてこの女子が同学年生ながらも多治比らしく利己的に、『旧北棟』などから搾取をする死の商人であることも。


 小悪魔的に、かつ値踏みするようにその他大勢を見回した三竹は、最後に自身の姉を認め、


「あ、朔姉さんってばまーた爆発させたんですか。んもー、ホント泣き虫」

「ちょっ……やめて、恥ずかしい」

 と妹らしい振る舞いでからかい、姉を赤面させた。


「……いや、泣き虫とかそういうレベルじゃなかっただろ……」

 とライカがぼやくような、先に見せた暴発を考えなければ仲睦まじい姉妹の一場面ではあった。


「というかあなた、学祭の準備は良いの?」

「ほとんど準備は済ませてますよ。それに今は、せっかくのビジネスチャンスですから」

 と曰いつつ、三竹は天を仰いだ。


「そもそも、この人がヒトが表に出てきたって時点で、レアにも程がある」


 彼女の視線を追えば、給水塔の上に、腰掛ける少年がいる。

 学生服のブレザーをフードパーカーでカジュアルに彩り、茶髪を束ねた上級生。

「別に珍しいことなんてないよ。この景色、好きだからわりと良く来るし」

 彼はニュートラルな調子でそう言うと、振り返った。


 確かに養子と言うだけあって、顔のパーツは三姉妹いずれとも似ない。

 ただそれ以上に、歩夢は彼に違和感……否、異物感のようなものを嗅ぎ取った。

 外見から来るものではない。曖昧ながらも今日に至るまでに、時々で憶えのあるもの。隔絶と、孤独。


「分かります。負け犬どもが足下で必死にあがくせせこましさが眺めていて楽しいですよねー」

「いや、別にそんなことは思ってないよ……」

「そんなことを常日頃からシラフで考えてる女子高生とか、めっちゃイヤだな……」


 和矢は末妹の過激な発言に半ば呆れ、かつ辟易していた様子だったが、顧みた彼の瞳は、別のモノを捉えている。


「ここは、西棟で唯一、金の臭いを風が飛ばしてくれる場所――そう、言ってたんだよね。アンタが」


 と、カラスに向けて。

「……まさか、お前……」

 頭部を反らしたレンリの総身は、氷像のごとく固まり、声と瞳だけが、激しく揺れていた。


「やぁどうも、()()()()


 彼の前に降り立った多治比和矢なる少年は、聞き間違え、聞き逃しなど決して許さない確かな語調で、世界からの外れ者にそう言葉を投げかけたのだった。

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