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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第九章:祭りの、シマイ
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(10)

 件の『影のフィクサー』とのアポイントは、意外なほどにあっさりと取れた。

 直接的な通話こそ叶わなかったものの、多治比の長男はショートメッセージで了承の返事を送ってきた。そしてその反応の早さを思えば……妹の異変を当然彼も承知していたことになる。


 対面の日取りはそこから二日後。学園祭における出し物がそろそろ決まり始め、その準備に追われる中、歩夢たちは西棟へと招かれた。


 本棟との間を繋ぐ、二階の連絡通路。

 そこで立ち止まった歩夢は、ふむと行先の建物を見た。

 薄くカーブの入った、どことなく授業で見たローマ元老院のイラストを思わせるハイセンスな外観はともかくとして、中自体は常識の範疇を出ていない。


「どした?」

 自らを抱えたまま立ち止まった歩夢を見上げ、レンリは尋ねた。

「いや、なんかフツーかなって」

「どんなの想像してたんだよ」

 その彼女の脇を通り過ぎつつ、鳴が問い返す。

「金の壁、絹のカーテン、入り口にガネーシャの像。ボヤーってデータが映し出る感じのタッチパネル式黒板。そして購買には成城石井」

「……南洋に感覚を狂わされたか。あそこが飛び切りイカれてるだけで、傍目からはフツーだったろうが。まぁ、中身まではあたしも良く知らねーけど」

「…………フツー、かもな」


 妙に気になる沈黙の後、仲介人たるライカ・ステイレットが重たげに相槌を打った。

 歩夢と鳴、見晴嶺児は疑問符を浮かべていたが、レンリも士羽も、同じようにわずかに引き気味の面持ちだ。


 そして西棟に入るとすぐ改札口的な装置があり、さらにその手前には、小型犬を思わせる体躯と髪型(ツインテール)をした少女がカメラをぶら下げ、例に漏れずブスっとした表情で立っていた。


「あ、真月先輩(マルチャンパイセン)じゃん。やっぴー」

「会うたび会うたびに上級生に対するリスペクトを無くしてくわね足利歩夢(アンタ)!? いつもそんな口調じゃないでしょうが!」

「て言うか、あんた『北』の人じゃん。なんでいんの? あの庭先にこっそりドングリ埋めてそうなおっさんは?」

「先輩はおっさんでもなければ今週の桑田みたいな生態もしていない!」

「彼女、元は西の人間ですよ」

 見るに見かねてか。士羽がそっとフォローをいれる。


「……つーか、アンタが見破ったのにそこ忘れないでよ」

 激していた彼女、南部真月は水を差されてため息混じりに落ち着いた。

「あたしは出迎え役をちょっと頼まれただけよ。じゃないと、ここ通れないから」

「? いや、学生証(ID)通せばいけるだろ?」

 訝しむ鳴に、

「西棟以外の生徒はそれとは別に要るのよ」

 と、フラットなニュアンスで真月は答えた。


「利用料は電子マネー決済。大概の媒体で行けると思うけど」

「おい、初手からアコギな臭いがしてきたぞ」


 いきなりの洗礼を浴びせかけられ、知らなかった一同は憮然と固まった。見れば、出入り口を塞ぐゲートは二口。スキャナも二種類。

 真月や士羽は学生証を通すだけで両方とも開いたが、歩夢が試しに追従してみれば、奥のゲートに阻まれる。


「俺、戸籍も電話番号も持ってないからBitCashしかないけど、行けるかな」

「あんたそれ、10円セールとかでAVとエロ同人買った時の使い切りのヤツじゃん」

「な、何故それを!?」

「わたしのアカで買うな。というかなんてネットリテラシーのない元研究者だよ」


 すったもんだとしている内に、嶺児がその横の別の入り口をすり抜ける。そして同じように、奥側の有料分で阻まれた。


「ん〜?」

 嶺児は目を細めたまま、意外なほどの柔軟性をもって打点高く踵を持ち上げ、自らを遮る柵へとギロチンの如く振り下ろさんとした。

「ちょちょちょ!? アンタ何してんの!?」

 慌てて止めに入った真月に、嶺児は首を傾げて逆に尋ね返す。

「いやいや、呼びつけといてカネ取るとかイミフでしょ?? なんでそんなモン払わねーといかんのよ?? ねぇライカさん」

「目の据わった薄笑いで俺に振るなッ! こっちまで危険人物だと思われるだろうが!」


 ライカは苦源を呈したが、彼ら自身も含めて『ユニット・キー』絡みの人物はだいたい真っ当と言い難い精神性の持ち主ばかりだろう。

(わたし以外は)


「冗談で言っただけで、今回はちゃんと新聞部用のSuica用意してるわよっ!」

「通るのにカネかかんの自体は冗談じゃないんだ……」

「なんだ、それを早く言ってよ……て、一人分足りなくない?」

「あんたは呼ばれてないだろ」

 鳴は抜け目なく自分の分のSuicaを真月から受け取った。

「え、オレはライカさんと一心同体だし、和矢パイセンとはマブだからカウントされて然るべきでしょ」

「お前が一方的にそう思ってるだけだ」

 という断定の元、ライカもカードを受け取る。

 しかしそれ以上暴力に訴えるようなことはせず、涙ながらに嶺児は見送った。一体この男の情緒はどういう塩梅になっているのか。


「て言うか、良いの? 部費でしょ、ぶっちゃけ」

「……まぁ、後で実費は和矢先輩に請求するけど」

 なんとなしに問う歩夢に、真月は軽く咳を交えて答えた。


「とりあえず取材費と交際費として予算にねじ込むから」

「うわ、シャカイの闇ー」


 〜〜〜


 初手から面食らうことはあったにしても。

 内装それ自体は、清潔感のある、洗練された校内には違いなかった。三階層をぶち抜く吹き抜けのホールは、まるで商業施設のようではあったが、テーマパークのごとき南洋のそれと較べればまだ学び舎の体裁を整えている。

 もっとも、多くの教室が競うがごとく出し物の作成に専念しているので、ふだんの様子があまり想像しがたいというのもあったが。


「……まあ、金の亡者、て面もあるし、学費も高いし、あたしもどうかと思うけどね。それでも、見返り(リターン)はそれなりにあるのよ」

 まだゲートでのネガティブなイメージが払拭しきれず疑心暗鬼になっている一同を顧みながら、真月は言った。


「MITとかの海外受験も資格取りも、下手な塾通うよりしっかりサポートしてるし、留学ビザ取りも手配してくれる。必修科目以外の特別講義も見られる……フィールドワークはさすがに南洋に負けるけど、でも剣ノ杜に限って言えば、帝王学で官僚コース一直線の東棟よりかは自由度も高い。図書館も講義も、本棟の生徒も利用できるしね。いろんな習い事で金ばら撒くより、ここで一本化する方が安く上がると思う」

「カネさえ積めば、か?」

 鳴が皮肉げな笑みを称えた。

 ちなみに歩夢が思い浮かべた言葉は『地獄の沙汰も金次第』である。


「でも、チャンスは平等よ」

 一応取材という名目からか、ぶら下げたカメラで学園祭の準備の様子を撮影しながら、真月は言った。

「奨学金は在学中は全額負担。卒業までに返済できれば良いし、今回の学祭でも、受賞できたクラスや部活はその一部を免除される」

 なるほど、と鳴が頷いた。

「毎度の異様な士気の高さは、そういうワケか」


「で、あそこの相談所で各銀行から融資が受けられる。十万単位からスタートで」

「すまん、ちょっとは真っ当な理屈と思ったあたしがバカだった」


 真月の指差す先、相談所なるどう見ても金融ローンの窓口にしか見えない浮いたスペースには、それでも長蛇の列が並んでいる。

 おそらくは出し物の資本金を求めてのことなのだろうが、文部科学省に真正面から喧嘩を売るが如き制度と、高校生らしからぬ金額の桁と、そしてそれが当たり前に受け入れられている現実に、歩夢たちは開いた口が塞がらなかった。

 常識的に振る舞う分、南洋より狂気じみていると歩夢は思った。


「『レギオン』関係なしに、卒業までに何十人か原因不明の失踪してそう」

 という歩夢の独語に、ライカとレンリが無言で、かつ実感の多分に籠った首肯を返した。


「校舎見学に来たわけじゃないんだから、ガイダンスはここまで。あとは『彼女』にお任せするから」


 と真月が促した先、そこには購買として併設された成城石井があり、そしてその入り口の横に、すらりとした女子生徒が立っている。

 濃い紅のケープを羽織った彼女の佇まいは、ここまでに披露させられた、良くも悪くも貪欲な棟の雰囲気とは真逆の、気品に満ち、俗世離れした儚さがあった。


「はじめまして。私は、多治比朔。和矢の身内です」

 柔らかい口調とともに、多治比家の長女は手を差し伸ばした。

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