(6)
維ノ里士羽は思い返し、そして探る。
「あいさつが遅れたな。俺はレンリ。異世界のヒトだ」
……いちいち追求する気も喪失させるあのカラスが、そう名を告げた後に語ったことの真偽を。
だが、今自分たちがあの事故や長大な異邦者について知っている情報は、あまりに心もとなく、信じるかはどうか別にしても、聞くだけ聞く必要はあった。
100パーセントが真実でないにせよ、あるいはそのことごとくがでっち上げだったにせよ、そして椅子に腰かけグルグルと座席ごと回るその珍獣が不信感満載だったにせよ。
虚偽であるならそれは、彼の知り得た事象から生まれたものだ。
それを掴み取る覚悟でもって、士羽は拝聴することにした。
「俺らの世界にも、あれと同じものが落ちてきた。状況はほぼ同じだ。地面に突き立ったそれはある一区画を異界化させ、人々を怪物にしたり超知覚に目覚めさせた。あれが『征服者』だと気づくのは、全て手遅れになった後だったよ」
「コンキスタドール?」
「あらゆる次元を食らう怪物……いや現象の総称だ。種や形、アプローチ方法こそ違うけど、やることは一緒だ。その世界に干渉し、文明を破壊する」
おいおいおい、と声が飛ぶ。的場鳴がはね起きて、タイルを鳴らした。
「学校の七不思議から、ずいぶん話がぶっ飛んだな」
皮肉を言う彼女に、首を反らすようにしながらカラスは返した。
「けど、その片鱗をお前らだって身をもって知ってるだろ。現にお前たちの学園生活はメチャクチャで、あの一帯は既存の物理法則から外れている」
そう言われれば、反論の余地、というかその材料がない。
「と言って、あれは『征服者』の中でもまだ影響力の弱い方だ。何しろあいつ自体が異次元に在る。出来ることと言えば、自身の因子をキノコみたく吐き出すことと……選ぶこと」
「選ぶ? 何を」
間髪を入れない士羽の問いに、レンリなるカラスは答えた。
「その世界の知的生命のモデル。いったいどういう基準で選ばれるかは知らないが、自身の影響の及ぶ範囲で、自身と波長の合う生物を捜そうとする。因子はそのために飛ばされたものだ」
ついぞじぶんが調査しても分からなかった謎が、丸みを帯びたクチバシから滔々と明かされていく。そこにプライドが傷つかないかと言えば嘘になるが、それでもようやく得られた情報には違いない。
「……まるでタンポポみたい」
今までさして興味を向かなかった足利歩夢は、呆れたようにこぼした。カラスは椅子のキャスターを転がしながら近寄った。真正面から向き合い、受けて応じた。
「そうだ。在り方としては、風媒花に近い。ただ一つの花を咲かすために、あれは無作為に自身の種子をまき散らす。いわば因子は花粉。レギオン化は不適合者のアレルギー反応。空間の歪みは風通しを良くするためだ」
だんだん、話が見えてきた。悪寒とともに。
このカラスはこの侵略者を一現象と言った。そして、風媒花に近いとも。だとするならば、その究極の目的とするところは……
「なんのために、そんな習性が……」
「増殖」
「あ?」
鳴の独語を、士羽は拾った。いや実際には彼女に答えるつもりではなく自発的な呟きだったが、鳴の言葉を受け継ぐかたちになった。
「産み、殖やすこと。ただそれだけが役割。そうですね」
「……さすがに、ここまでヒントをやれば嫌でも気づくよな」
ほぼ断定に近い士羽の念押しに、レンリは鼻を鳴らした。
「そうだ。あの無口なカレルレンは、『征服者』をその地から生み出すために落ちてきた。因子に選ばれた人間は、徐々に既存の自我を喪っていき、あの剣の同胞として覚醒する」
「……じゃ、何か。あたしらは、そいつが選ばれるまでひたすらに被害を被り続けるってのか」
「『被害』って言葉で片付けられれば良いけどな」
そのふざけたナリに見合わない真剣な重みを、カラスの言葉は持っていた。
まさか。士羽は思わず口にしてしまった。見えざる手で、レンリに引きずられるかのように。
危惧は強まる。じわじわと我が身を侵す寒さに、ぐっと奥歯を噛み締めた。自身が手にした本を、引きちぎるかのように掴む。表紙を、食い入るように、見つめる。
「上帝剣……まさにぴったりの名前をつけたもんだ」
カラスは我が事のように、感心して言った。
「その末路はそっくりそのままだよ。『征服者』として目覚めた者は、世界という繭を破壊し、その中身を食らうことで、文明破壊生物の生体と成り、また別次元を喰らいに行く」




