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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第九章:祭りの、シマイ
169/187

(7)

 長蛇の列を成して、大太刀が突き立つ。

 その間をくぐり抜けて、一対の車輪が駆け巡る。

 縦横無尽、浮沈自在。遠近両用。

 多少のグレード差を旺盛な戦意で覆しながら千変万化の攻め口でもって猛攻を仕掛けてくる多治比衣更に、歩夢は不慣れな鍵の有用方法を模索しながら苦闘する。


 ――今は、『見』に回る。

 この速度に目が慣れ、軌道の癖を見極めるにはざっと五分程度は要るか。

 それまでに防戦に徹していれば、おっつけレンリが呼んだ増援も来るだろう。


 だが敵は、一向に疲れも勢いの衰えも見せない。

 『剣豪』で展開した大太刀を、攻めではなく防壁として用いる。

 しかし車輪が尋常ではない全速でそれにぶち当たり、撓ませ、二撃目がその間隙をかいくぐって歩夢に迫る。


 散らされた太刀を、歩夢は横に、段違いに並べ直す。

 車輪の重撃をやり過ごした彼女は、その上を階段のように駆けのぼって上空へと退避する。

 が、横合いからの破砕音が、風音が歩夢の肌と鼓膜を震わせる。

 それは、防壁の突破に用いられた初撃の車輪。店舗に突っ込ませ、その中を迂回させて歩夢に横槍を突けるべく、差し迫る。


〈電撃戦〉

〈リベリオン〉


 ――転瞬、歩夢の頭の後ろから放たれた紫電が、その奇襲を妨げた。

 ライカ・ステイレット。異邦の少年は対向の屋根から、飛び移った歩夢とともに地面に着地した。


「間に合ったか!」

 片側の車輪を引き受けていたレンリと、そして隣の歩夢をそれぞれに呆れたように見遣りながら、

「何の救難信号かと思って来てみれば……オマエら、今度はどんな無礼を働いたんだ?」

 と胡乱気に尋ねる。

「向こうが一方的にふっかけて来たの」

 と歩夢が弁明するも、半信半疑の体で、

「……とりあえずは手伝ってやる。言い訳はその後にしろ」

 などと放言しつつ共闘を約す。


 態度こそ不遜そのものだが、頼もしい来援ではある。

 気心、とまではいかずとも、見た目によらない実力のほどは我が身をもって確認済みだ。

 何より、この猛威に対するに、それを自身の力へと換えることのできる『リベリオン』こそ適当だろう。


 防御と陽動をライカに一任し、歩夢は攻勢に転じた。

 散る紫電と火花、それをかいくぐり、四口の太刀を十字に組み合わせて投擲する。


「ぐっ!?」

 歯を食いしばり、衣更は車輪の片割れでしのぐ。

 さらに歩夢は銃撃をもって畳みかける。それはホールダー自体で弾かれる。


 だが、光速の蛇行で車輪をすり抜けたライカが華奢なその背をさらに低めてそれに追い討ちをかけた。

 軽い苦悶を漏らして地面を転がる衣更は、しかしてなお攻めの姿勢を諦めてはいない様子だった。

 ……ともすれば、我が身さえもどうでも良いと言いたげに。

 いったい何をすれば鎮圧できるのか。どれほどの手数を叩き込めば、無力化できるのか。

(最悪追い返すだけで良いんだけど)

 正直恨まれる筋合いなどない歩夢には、他人の事情などどうでも良いことだ。

 だが、それさえこの多治比の少女の念頭には無さそうだった。


 一度両輪を引き上げて立て直した彼女は、切歯しつつ我が身もろとも再突入を試みる。

 だが、その愚直な進路の先に、光矢が突き立ち爆ぜる。


 自身の軛型のホールダーを天へと掲げた的場鳴が、衣更の背後から威嚇として高射したものだった。

「おい、なんだよこの状況? お前、また何かやらかしたのか?」

「……なんで、どいつもこいつもわたし側に非があるように言うのか」

 しかし問うた鳴は、責任の所在などどうでも良さそうな顔つきである。

 なんだかんだと悪態をつきつつも、どちら側に加担するかは今更確認の必要もない。


「で、そこの人は何してんの」

 鳴の後ろにはさらに、長躯を屈ませて自身のバッグをまさぐる見晴嶺児の姿がある。

「あぁ、ごめん。今オレのホールダー組み立て中だからもうちょい待ってて?」

「加勢に来るなら最初から用意してから来いッ!」

 身内の恥であるがためか、声を張って怒鳴ったのはライカだった。


「……あんたら……揃いも揃って邪魔するなァァァ!」

 だが、偏りつつある戦力比に対しても、怯まない。退かない。

 それどころかますます猛り狂い、所かまわず、あらゆる器物の損壊もいとわず、車輪は乱舞する。

 命の取り合いではなく、制圧を目的としている周囲の一同は、自らの護身に徹し、後退する。

 それによって生じたわずかな隙に衣更は突撃を開始する。

 狙うは歩夢と、そしてレンリ。一直線に棒を傾け、喉笛を抉らんとする。


 その、間際であった。

布告(エディクト)・グレード3・ランサー〉

 荘厳な鐘の音とともに空間に浸透する無色の波。それが、車輪を虚無へと融かす。棒先の馬首を霧散させる。


 ――相変わらず、良いのか悪いのかわからないタイミングだ。

 白衣の少女、ならぬ白いコートを制服の上から羽織った維ノ里士羽は、悠然とした足取りで杖で叩いて自身の来着を告げる。

 憮然と見つめる歩夢に一瞥をそれとなく呉れた後、

「学園関連施設以外での、『ユニット・キー』の使用は御法度中の御法度……それを破る以上、相応の覚悟はしているのでしょうね? 多治比、衣更」

 などと、場を仕切り始める。


 だが、決め手となったのは、間違いなく彼女のホールダーによるものだったことは認めるしかない。

 制圧用とうそぶいたその特性の通り、『キー』を凍結させられた衣更は、俯くよりもはや術はない。

 あとはデバイスを強引にでも取り上げるだけだ。数を恃んで距離を四方から詰める士羽たちに、


「……覚悟?」

 と、多治比の次女は静かに問い返す。

 やがて彼女は肩を左右に揺らす。笑っているのか、度を越えた憤怒のゆえか。


 そのいずれかにせよ、感情の振れ幅が限界を超えた時、彼女の手には鈍色の鍵が握られていた。ドッグタグのようなものに、車輪の図柄と来年の年号が刻まれた、無骨な金属片。

 どこからともなく、その手首には無骨な手錠と、千切れた鎖が取り付けられている。ストロングホールダーではない。何の機能も帯びていないような形状をしている。

 その鍵穴に、握りしめた鍵を差し入れた。


「そんなもの、とうに出来ていた……でなけりゃ、こんなモノ(・・・・・)に……なったりするものかァッ!!」


 咆哮が轟く。鍵穴からあふれ出した極彩色の泥が彼女の総身を覆いつくす。

 だが、変化は多治比衣更のみにとどまらない。

 空は赤く染まり、一瞬後には左右に並んでいた店舗は一瞬で掻き消え、代わり、崩落したコンクリート塀や信号機、サッカーのゴールポスト、噴水のオブジェなどが無作為に乱立する。地面からはコンクリートの硬さが消え、不毛な砂地が靴底に触れる。


 そして少女自身は、いくつもの車輪が横に組み合わさってかろうじて人の形を成したかのような、異形の姿へと変貌していた。その腹部には、生々しく打ち砕かれた大きな空洞が広がっているが、それを苦痛に感じているようなそぶりはない。

 それが、多治比衣更であったことを示す唯一の痕跡は、左の手首に収まったままの、手錠とドッグタグつきのキー。


「足利歩夢……維ノ里士羽……!」

 ――そして、言葉。

「私は、お前たちを、決して許しはしない!」

 疎通こそできずとも、言語と意志を明らかに示し、怪物(レギオン)と化した衣更は、少女たちに怨嗟を叩きつけたのだった。

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