(6)
「珍しく自主的に身体動かしたな」
「うん。クラスのアイドルとして、身体を絞っておかないとね、しゅっしゅ」
「絞るところがあるのか?」
人が気持ちよくダンスゲームを終えるなり、間髪入れずに無礼な口をきくレンリを爪先で小突き、ゲームセンターを出る。
「でも、ちょっと安心したな」
と、レンリはおもむろにまじめくさって言った。
「お前、鳴たちとしか絡まないと思ってたからさ。クラスにも自然体で馴染めてるようで何よりだよ。珍獣枠でだけど」
「世界滅ぼしたカラスに、社会性でどうこう言われたくないんだけど」
「…………そーね」
歩夢は他意なく言ったのだが、当のカラスは想像以上の落ち込みようだった。人にはズケズケ不躾で説教じみたことを言うくせに、打たれ弱いという面倒臭さが、この鳥にはある。
気を遣うのは、いつだって自分の側なのだと歩夢は考えている。
「まぁ、わたしは愛されキャラだからね。平成以来、誰もクールでミステリアスな美少女を嫌う人間はいないよ」
「いや、だから本人がそれ言うなって」
歩夢の言ったことを冗談と解釈したらしいレンリは、いくらか気を取り直して軽く返す。
このいかにも凡庸的、もとい人間的なリアクションをしてみせる奴が、本当に感情を無くして世界を食らったのか。疑わしい。
「でも気をつけろよな。人間、どこで恨みや嫉妬を買ってるか分かったもんじゃない」
「まさか。そんなことあるわけないでしょ」
「いーや、分かんないぞ? ある時不意に道端でバッサリなんてことも」
言いさしたレンリが、ふいに正面から響く足音に、首を巡らせた。
すっかり陽が落ちるのも早くなった黄昏時。真向かいに対していたのは、学生らしい少女である。
らしい、と歩夢の所感を曖昧にさせたのは、並の男子生徒に勝るその身の丈を、物々しい黒いライダースーツとジーンズで包んでいるがゆえだった。
「多治比、衣更?」
その面を知っているらしいレンリが、訝しげに首を傾けた。
多治比といえば、たしか西棟の主軸となる家だったか。
暗く濁らせた双眸が歩夢を捉えると、眉間を絞った彼女は、
「足利、歩夢……ッ」
と、剥き出しにした歯から、明確な憎悪を込めてその名を零した。
そして何もない空間に右手を遣ると、その指の隙間からより集まった光の粒子が、彼女の身の丈にも等しい長尺の棒状を、ストロングホールダーを形成する。
〈戦馬車〉
そして地響きにも似た合成音声が、把手の中央の口に装填された『キー』の名を読み上げる。
地表へ向けた棒の先端に馬の顔と車輪を合体させたガジェットが現れた。
荒々しい彼女の呼気に応じるかのごとく、両輪が馬首を離れ、水平となりながら旋回し、歩夢目掛けて飛ぶ。
即座に理解しかねるその状況、風を切る異音は、ただでさえ夕暮れ時で少なくなった通行人を、その場から逃避させるに十分な説得力があった。
まずは脚を潰す。その意図を急落した軌道から読み取った歩夢はその場で跳躍して車輪を避けた。次いで顔面に。辛うじて着地が間に合った歩夢は、咄嗟に伏せて回避する。
身を起こしかけたところを、レンリに体当たり気味に頭を下げさせられる。
そのすぐ上を、旋回して戻ってきた車輪が背後より襲い、ぶつかり合いながら元の杖へと納まった。
いずれも致命傷。不意打ちであったがために未だホールダーをセットできていない歩夢が受ければ、間違いなく肉は千切れ、骨は砕ける。
そもそも、天下の往来に姿をさらし、初手から自由を奪うことを狙った時点で、本気の度合いが窺える。
……明らかに、命を取りに来ている。
「訂正。あんたの言霊は禍を呼ぶ……これは世界滅ぼしてますわ」
「いやだから俺にそんな力はないからな!? だいたい、明らかにお前の名前呼んで襲ってきたじゃないか、身に覚えないのか!?」
「ない」
普段は自分を持ち上げるたびに何かの冗談とみられることの多い歩夢ではあったが、真実こればかりは覚えがない。
そもそも、今の今まで、相手が多治比の次女であるどころか名前さえ知らなかった。言葉も交わしたことのない相手だ。
――が、覚えはないはずなのに、既視感はある。
殺意を、遠くどこかで感じたような気さえしてくる。
上手く表すことは出来ないが、デジャヴ、というのが一番近い感覚だろう。
「……そっちは?」
今度こそ起き上がりながら歩夢は、試みに尋ねてみる。
「わたしが恨まれるようなことに、心当たりは?」
「――ない……はずだ。《《そんなことはありえない》》」
含みのある言い方ではある。だが、それを歩夢に詮索される前に、あるいは自分で深く思索するより先に、レンリは両翼を必死に掲げて飛び上がった。
「そんなワケだ! 俺ら二人とも、お前に攻撃される覚えはない! お互い誤解があるようだからここは話し合いでっ」
「誤解……? そんなもの、あるわけあるかァッ!」
怒号一喝。
今度はレンリに矛先を転じた車輪が地を馳せ、歩夢の小脇に抱きかかえられるかたちで、レンリは間一髪でそれをかわす。
「アタシはお前たちを許さない! たとえお前たちが忘れようとも、逆恨みと言われようともだ!」
「だって。複数形になっちゃったんだけど」
「……どうやら、俺もターゲットにカウントされたみたいだな」
先の言葉の意図を、レンリは説明する気はないらしい。
その時間もないし、言葉に出来ない違和感を抱えているのは、歩夢とて同じだ。
だからこの件については見切りをつけて、歩夢は一気にこの事態を打ち払うべく、
「ほら、あのデカイサイコロ出して」
とねだる。
「『オルガナイザー』は、お前がムチャな運用したから故障中」
「直せないの?」
「無理。オペレーティングシステムは俺が組み立てたけど、ハードそれ自体は共同制作者の受け持ちだ」
「じゃあサポセンで呼んでよ、サポセン」
「呼べるか! Amazonのカスタマーセンターだって、直接は来ないだろうが!」
仕方なしに歩夢はいつものCWタイプのホールダーを腹に回した学生カバンから取り出し、腰の裏に取り付ける。ようやく、防御面と身体能力面で互角となった。
しかしながら、ふだん使用している『キー』は、『オルガナイザー』と接続したことによって変質した影響を案じた士羽が強引に回収、検査をしている。
「今、緊急信号飛ばした。助っ人が来るまでこれで時を稼いでくれ」
そこはさすがにレンリも考慮はしていたらしい。
歩夢の携帯を片翼で握りつつ、もう一方で別の『ユニット・キー』を投げ渡した。
自分のものではなかった。だが、記憶はある。ほのかにぶり返す痛みとともに。
「これって」
「あぁ、士羽のヤツがあのゴリラから押収したもんだとさ」
「なるほど」
性能は我が身をもって体験済みであるがために、歩夢はためらわず展開した鍵穴にそれをセットする。
〈剣豪〉
と大層なその識別名を告げると、歩夢の背に、銀色に光る四口の大太刀がずらりと並び浮かんだ。