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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第九章:祭りの、シマイ
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(4)

 新北棟の二年のAクラスでは、生徒の豊かなバラエティに反して、いやだからこそ催し物は早々に決まった。


 それぞれの国の文化や民話などをモチーフに研究発表をしたり伝統料理を振る舞ったり、コスチュームを作る。しかもその担当はその国の本人ではなく、クジを引いてランダムに決めるというものだった。もちろん、必要とあればクジを入れた本人が資料やレシピ、衣装などを提供、協力する。


 ライカ・ステイレットが当てたのはブリティッシュのメイジー・モーリス。しかもご丁寧にテーマまで希望されていて、題材は『不思議の国のアリス』。そのキャラクターに扮しての、お茶会(アフタヌーンティー)


 とりあえずその衣装合わせて、ライカは仕立てられたコスチュームに身を包む。

 ゴシック調の燕尾服に、ほっそりとした脚のシルエットを浮き彫りにさせるタイトなズボン。腰にはこれ見よがしに大ぶりな懐中時計。

 そして頭には、兎耳(ロップイヤー)を模したカチューシャ。


 気恥ずかしさ半分、居心地の悪さ半分といった塩梅で兎耳をまさぐるライカの前で、当のメイジーはきゃあっと黄色い声をあげる。


「カワイイカワイイカワイイ!」

 と、歓喜の色をそばかす顔に浮かべてしきりに手を打ち鳴らす。

 しかも、「So cute」ではなく、「Kawaii」ときた。この『時計ウサギ』の格好にしても、原典に忠実なものであろうはずはなく、ソーシャルゲームに出てきそうなデザインである。

 ジャパニーズサブカルチャーに染められた、典型的なナードだった。


「やー、ライカ君が参加してくれて、しかもクジが当たってくれてラッキーだったよ〜。倍率めっちゃ高かったしねー」

「そう、デスカ? ありがとう、ゴザイマス」

 早回しのブリティッシュ英語で捲し立てる彼女に、訛る英語で応じる我が身は、なんとも滑稽だ。

 過去に呪縛されていた頃は、今の我が身など顧みる余裕はなかったが、あらためて

(……疲れるし、無理あるよな。このキャラ)

 などと思い直したライカである。

 それを面白がってクラスメイトの劉藍蘭が真似し始め、もう是正したくも引き返せないタイミングになってしまっていると思う。


 そんな兎ならぬ猫を被った状態で彼女のマシンガンOTAKUトークに付き合うのはいささか骨が折れるが、

(まぁ、アリスとかの女装させられなかっただけでも、幸運と思うか)

 とポジティブに思考することにした。

 多少気取った意匠には違いないが、それでも男性的、控えめに見ても中性的という表現で収まる程度のスマートさには仕上がっている。彼女の服飾技術は見事なものだ。ドクロのTシャツを着ただけでパニッシャーのコスプレなどと称する、どこぞの御坊ちゃまにも見習って欲しい。

 いや、まさかろくに話をしたこともない男子生徒に女装を強要することなどまず常識的に考えてありえない。どこぞのノッポの距離感に毒され過ぎだと苦笑する。


「あ、ひょっとして今、アリスのカッコさせられるとでも思ってた?」

「エ?」

 言い当てられて、ドキリと心臓が跳ねた。

 

「やー、私もさ。最初はオンナノコの服着せても絶対似合うと思ってたんだよね。何よりやっぱ主人公(ヒロイン)な訳だし?」

(思ってたのかよッ!? ろくでもない女だな!)

「でもね、天からの啓示が降ってきたのよ」

「ケイジ? ホワッツケイジ?」

 興奮のためか。英語のイントネーションは本場というので完璧なのだが、時折何故か日本語でアウトプットされる。その同時翻訳とキャラ作りに腐心しながらも……なんとなしに、嫌な予感が首筋の裏をよぎった。


 それこそ天主に祈るがごとく手を重ね合わせて、宙を仰ぐメイジーはその時のことを、声真似で再現した。


「最初はアリスにしようと思ったんだけど、どうしたわけかパッとくる感じがないんだよね。それでコンセプトデザインで教室で悩んでると、たまたまそこをじーっと覗き込んでる背の高いジャパニーズがいたのさ。そしたらラフスケッチをじーっと見つめてね。『え? なに、ライカさんにオンナノコの服着せんの? なんで? ライカさんもともと可愛いじゃん。付け加える必要ないぐらいカンのペキに可愛いじゃん。そこに可愛い衣装付け加えても、そりゃあ意外性はないでしょうよ。ショートケーキにいちご大福乗っけて食うやつ居るか? ライカさんはね、背伸びしてカッコつけようとするからより可愛くなれるんだよ。だからカッコいい男の子のカッコさせて、必死に自分を合わせようと健気に頑張ってる姿を愛でてナンボってもんでしょう?』ってね。まぁこれでも半分ぐらいしか聴き取れなくてその三倍ぐらいめっちゃ早口で語ってた気もするけど。身体のサイズも小数点単位で教えてくれたし、おかげで採寸要らずだったよ!」

「すみません、その天からの啓示、今この瞬間から出禁にしてもらって良いですか」


 ライカ・ステイレット。皆に素が露見した瞬間だった。


 〜〜〜


「って訳でさ。あのバカのせいでまた恥かいたよ」

 などと愚痴を溢すと、スマホ越しに軽やかな苦笑が返ってくる。

〈それ、むしろ逆じゃないかな。見晴先輩がライカ先輩の最大の理解者だったから、変なコスプレはさせられずに済んだ、とか考えません?〉

「おぞましいことを言うな」


 苦り切った声を絞り出すと、また端末の向こうで失笑が零れる。

 相手は、南洋分校の澤城灘だった。

 少年漫画ではないが、あの戦いの後、奇妙な連帯感と常識人ゆえの共感とが芽生え、連絡先を交換し、その後も何かとプライベートで交流を持つことが多くなった。

 ライカ個人としても、ただ年長者として慕われるというのは、生き別れていた妹にさえ格下に見られる彼にとっては新鮮で、かつ好ましかった。


「オマエは? 南洋って何するんだよ」

〈ウチは派手ですよ。僕は裏方に回りますけど。ていうかそうしないと回らないし〉

「あぁ……なんか年中ずっとフェスティバル状態だって聞くな、そっち」

〈はっはは……むしろね、お金の流れが止まると死ぬんです。ウチの学校〉

「マグロか。オマエの学校は」


 電話越し、アンダーリムのメガネの向こう側で、灘がそれこそ死んだ魚の目をしているのが、容易に想像できた。


「まぁ、時間があれば小資本に協力しに行ってやるよ」

〈ありがとうございます。楽しさは保障しますよ。見晴先輩とどうぞ一緒に……〉

「誰が連れて行くかっ」


 そう怒声を飛ばし、電話を切る。

 だが、ふと口端が吊り上がっている自分に気がつき、顔を赤くする。

 悪い気は、しなかった。なんだかんだで、あの長躯の少年を南洋に連れ歩く己が、容易に想像できてしまった。


「あーらら、すっかり牙が抜けちゃって。まぁ元々無理やりとってつけただけの牙だったけど」


 ……その背より投げかけられた声が、ライカの神経に冷たく絡みつく。


「……カズヤ……」

 すぐ向かい側のベンチ、その背もたれに多治比和矢は腰を落とし、ライカ自身へは目を向けないままに背を向けている。


「妹さん、生きてたんだって? 良かったねぇ」

「あぁ……アンタに頼り切らなきゃ、もう少し早くに気がつけてたかもしれないけどな」


 ライカの皮肉に、和矢は身体を背けたままに答えを返さない。


「アンタが妹のことを知らなかったわけがない。都合良く俺を利用したいがために、協力するフリをして耳目を塞いでいた。そうだな?」

「心外だなぁ。とりあえず安全とも危険とも言い難い状況だったから、言い出すことができなかっただけなのに。それに君は君にはそれを上回って余りあるものを、提供し続けて来たじゃない」

「……そうだ」


 『リベリオン』の駒鍵を握り締めて、ライカは答えた。


「アンタには、力も知識ももらった。それが無ければ、俺は何も知らないまま、自分と世界の理不尽とを恨みながら怪物に成り果てていただろう。そのこと自体には、今でも感謝してる」


 でも、と腰を上げてライカは続ける。


「そうはならなかった。そして今日この時に至るまでの、選択と失敗から、自分の人生から、もう逃げない。他者のせいにはしない。始まりから関わった人間の一人として、俺なりに義務を果たすつもりだ」

 そして、横顔を傾けて、和矢へと声を投げかけた。

「――アンタのことも、出来るなら助けたいと思ってる。俺に出来ることがあるのなら」

 それに対する返答は、なかった。イエスともノーとも言わない。

 だがその沈黙には、今までの韜晦の中には決してなかった、絶対零度の拒絶を感じる。


「……今は無理だったとしても、いつか報われる時が来るといいな」

 たとえこの好意と義理立てが通じなかったとしても。

 率直な決意と祈りを残し、ライカはかつての盟友を置いて歩き始めた。




「――おまえに、おれの気持ちが分かるものか」

 周りに誰もいなくなった後、多治比和矢は血の滲むような呪詛を虚空に吐き捨てた。

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