番外編:いもうと(中編)
ライカ・ステイレットの妹とやらは、『旧北棟』の仕入れも兼ねてこの先の電気街にいるらしい。
「ここのところタカドノとかいう奴と連絡が取れないし、『委員会』の管理の目も甘くなっている。だから北の連中が自発的に動く機会が良くも悪くも多くなる……らしいが」
と道すがら説明するライカは饒舌でもあり、しかし歯切れが悪い。
直接口にこそ出さないにせよ。
彼にしてみれば、死んだはずの妹が実は生きていたとして、氷に閉ざされた異界に縛られてるという状況は、決して完全には受け入れることのできない状況だろう。
鳴が覗く横顔には、二年越しに再開する妹に対する不安が隠し切れていない。
あの頃自分の半身とさえ思えた少女は、果たしてどういう成長を遂げたのか。肉体や精神に傷を負ってはいないか。コミュニケーションもままならない環境下で、どれほどの過酷さや孤独を強いられてきたことか。
兄としては、想像するだに恐ろしいことだろう。
彼女らしきシルエットを探しているのか、あるいは逡巡か。ライカの彷徨う目線が、並び歩く歩夢たちとかち合った。
「……なぁ、オマエらは『北棟』とかいう場所に行ったことあるんだよな? そこで、オレに似た女子とか外国人だとかに見覚えはないのか?」
おずおずと尋ねてくるライカに、歩夢は首を捻った。
「どうだったかな……あ、あれかな。徐倫みたいな顔のヤツいたよね」
「誰だよそれ。むしろアイツじゃねーの? 警備担当にいたララクラフトみたいな面構えの女」
「なんで出てくる女がイカツイのばっかなんだよ!?」
ライカは思わずツッコミを入れた。
「ちゃんと思い出せって! 十代半ばぐらいの女の子だぞ!?」
「そうは言ってもね」
「アンダーソン監督作品のミラ・ジョヴォヴィッチみたいな豪傑ばっかで、むしろそれしか記憶に残ってないんだよ」
「『旧北棟』って、ポストアポカリプスな場所なんだ……妹さん、マジで大丈夫かな……色んな意味で」
不安を紛らすための会話だったのに、かえって煽る結果となってしまった。というかもっぱら最後の嶺児のせいで。
あの歩夢でも、多少は後ろめたさや申し訳なさを感じるらしい。方向性を明るいものへ転換するために、
「でも、全員見たわけじゃないし、まぁ中にはちんまくて可愛らしいのもいたよ」
(可愛らしいかはともかく、お前がちんまいとか言えるか?)
話を聞いていた鳴は内心ではそう思ったが、それを口にするような無粋はしない。
「ほら、この犬子みたいに。ぶっちゃけ部外者だけど」
「……ホント、初手から人をイラつかせることについては天才的だね、このチンチクリンは」
歩夢が指差した正面には、南部真月がいた。
アーケードからの出口あたりのカフェテラス。どうやらそこで待ち合わせていたのが、彼女らしくライカの足が止まっている。
「まさか妹ってのがあんただったとは。どうりでイジられキャラがサマになってると思った」
「んなわきゃないでしょ! ただの付き添い! ていうかなんであんたらがここに来てんの!?」
「どうしてもとライカさんに乞われて」
「違うっ! ……と言い切れないのがシャクだ!」
例の如くキャンキャンと感高く吠え立てる上級生を適当にあしらいつつ、
「でも付き添いってならさ」
と歩夢はその背後を見回した。
「一応この件の関係者なんだし、あのヒトが付き添いなんじゃないの?」
「あのヒト?」
「ほら、あのちいかわのクソ強バージョンみたいなおっさん」
「……先輩はおっさんでもちいかわでもないッ!」
「そもそも、ちいさくもかわいくもねーだろ」
「先輩は……かわいいでしょう!?」
「お前、時折変な暴走して脱線するよな」
「脱線暴走は自分のオハコですよっ!」
とそれを聞きつけて、テラス席についたままの出渕胡市が顧みた。どうやら彼女もまた付き添い人のようだ。
(だったら別に二人きりじゃなくね?)
と鳴はふと思ったが、それでも自身の隣にいる嶺児の抑え役がいないのは限りなく不安、という判断だったのだろう。
「ちなみに、ボスは長らく棟を空けた懲罰として、発電作業に強制従事中です!」
「えっ、頭みずからが制裁されんの!? ……北の連中ハンパないな」
「……なんか勝手に気にして、周囲の反対を押し切って自分から責めを負ってるだけ」
「それ、別に強制じゃなくない?」
胡市の補足に嶺児が慄然とし、ため息混じりに真月がフォローを入れ、歩夢が呆れ返る。
とっ散らかった脱線ぶりに、ライカは焦燥とともに眉根を寄せ、
「で、妹は?」
と直裁に問いかけた。
表情をあらためた真月が、身をずらした。
ちょうど死角になっていた胡市の対向。そこで物音とともに一人の少女が、立ち上がった。
なるほど、ライカ・ステイレットの妹、と言われれば疑いなくそうだろうと答えられる。決してとっつきやすいとは言えないものの、万国に通じる十二分の美貌のパーツは彼に酷似している。
この二年の環境の違いか。むしろ彼女の方が僅かながらシャープでクールな雰囲気がある。
そして、微妙に髪色も異なる。銀色の味を帯びている兄に対して、妹の髪色の下地には金が混じる。
あるいは元はライカの頭髪こそ、『上帝剣』の間近でその衝撃を受けた影響で変色したのかもしれないが。
何より、彼ら兄妹を大きく隔てる特徴がある。
……女物にしてはやや物々しいデザインのコートに包まれた身の丈は、妹の方が頭二つ分はゆうに優っていた。
おそらく妹の頭を撫でることを想定していたライカはその身長差に半端に固まった面持ちで見上げることになった。
一方で妹……クリス・ステイレットの方は、
「兄やん! 生きとったんかワレ!!」
と、その神秘的な容貌とは対照的な、弾けるような笑顔を浮かべて、兄の小柄な肉体をすっぽりと抱擁した。
「……『旧北棟』に、エセ関西弁になる要素あったか?」
「皆無ですね!」
「まぁ、ベタっちゃベタだよね」
鳴らはしみじみと頷き合いながら、自分たちも席に着いて追加の注文をしたのだった。