番外編:いもうと(前編)
……その少年は、ある休日に、ふと偶然に、遠目、駅前の雑踏の中にいようとも目を惹いた。
そして足利歩夢は、興に乗るままなんとなしに、鳴を伴ってその北欧人へと接触した。
「ライカさんじゃん。なにやってんの、こんなところで」
見返す透明度の高い瞳は、やや複雑そうな表情で歩夢に視線を返した。
「……オマエ、俺はついこの間まで敵だったんだぞ」
「いや、あんたが先走って一方的に突っかかって来ただけだから」
「まぁ……そうなんだけどさ」
歩夢の辛辣な指摘にさして逆上するでもなく、その少年ライカ・ステイレットはあっさりと折れて素直に認めた。
憑き物が取れたようでもあり、またあるいは歩夢たちに構っている余裕がないようにも見受けられるその様子に、小首を傾げる。
いずれにしても、過日の抜き身のナイフのような物々しさは、排他的な振る舞い、頑なな拒絶が、今の彼には既になかった。
「つか」
とそのやりとりに後ろから割って入ったのは、鳴だった。
「なんで、あたしは呼び捨てタメ口なのに、敵だったこいつにはさん付けなんだよ」
もっともな疑問だと歩夢自身思わないでもないが、
「その呼び名でイメージ固まっちゃったんだからしょーがない」
のだった。
「だって、アレが毎度連呼してるし」
と、歩夢は指を西の方へと突きつけて言った。
「おー、ライカさーん! おーい!」
その示す先には、大型犬のごときだらしない表情で大手を振りつつ駆け寄ってくる、見晴嶺児の図体があった。
ぎゃあっ、と濁った悲鳴をあげながらライカは後ずさった。
やや大仰とさえ思える後退ぶりだったが、歩夢はシンパシーを感じずにいられなかった。
例のアレが、似たような感じなのだから。
「なんでオマエがここにいるんだよ!?」
「いやー、だってここはほら、相方として是非とも先方にご挨拶をだね」
「要るかバカ! ていうか俺の言いたいところはそこじゃなく、なんで報せてもいないのにここにいるのかってことだよ! どこで知った!?」
「LINEの既読無視でオレを袖にするって日は、つまりはそういうことだと思ったからさ。学園近辺のライブカメラ片っ端から開いて見て、ライカさん見つけたってわけよ」
「ひい! 気持ち悪い!」
ライカが少女のごとき裏返った悲鳴をあげた。
先のものと較べて声域広いなぁ、と感心する歩夢であった。
「で、何してんの? あんたら」
どうやらこの日はライカにとっては大事な日で、そして大事な日であるからこそ嶺児には教えたくなかったことはなんとなく汲めた。
……もっとも、その守秘も嶺児のストーカー根性の前には意味がなかったようだが。
だが、そこまでの用事がここまで他者と関わりを持たず、プライバシーを犠牲にしてきた異国の男の子に、そうはないと思うのだが。
訝る少女たちの眼差しにも、ライカは応答するつもりはないらしい。
「ライカさんの妹さんがさ。こっち帰ってくるんだって」
……だがその黙秘もまた、ライカの隣に立って気安い感じでボディタッチする男子の前では、また虚しい努力だ。
一瞬物凄い形相で嶺児を睨み上げたライカではあったが、やがて観念したようだ。吐息を交えて、
「まぁ買い出しも兼ねた、一時的な帰還ではあるらしいけどな。リョウからの話だと、本人がまだ『北棟』での責任を果たすまでは戻る気がないらしい」
と言った。
「それはなんとも……おめでとう、で良いのか?」
「疑問形になるなって。生きてただけで、嬉しいんだから」
鳴の問いかけに、ライカは噛み締めるように言った。
「で、オマエらはなんでここに?」
「や、なんか暇で」
「例の秘密主義者どもはまた裏でコソコソやってるみたいだしな。余り物同士連んでるってワケよ」
「せっかくクソゴリラと殴り合ってでも助けてやったのに」
歩夢は表情を変えないまま奥歯をギリリと噛み締め、内なる怒りの打ち震えた。
「……まぁ、なんだ。とりあえずそっちはそっちでよろしくやってくれ」
じゃあな、と雑に手を振り、ライカはその場を後に待ち合わせ場所に向かわんとした。
そして三人は後に続く。
ぞろぞろ
ぞろぞろぞろ
ぞろぞろぞろぞろ……
「……て、なんなんだよオマエら!?」
結構距離を行ったあたりで、ようやくライカが振り返った。
「や、なんか暇で」
「あんな必死こいて仇討ちしようとしてた妹のツラぐらい、ケンカふっかけられた身としちゃ拝んでおきたいだろ」
「家族の再会をヒマつぶしにすんな! ていうか元々ふたりで遊ぶつもりだったんだろ!?」
「いやそうだったんだけどさ、いざ二人きりで遊んでみると何にもやることなくてブラついてただけなんだよね」
「元々全然趣味合わなねぇしな」
「互いに歩み寄る努力をしない連中だなぁ……!」
怒り呆れるライカをまーまーと宥めつつ、歩夢は
「そりゃ拒まれればこのまま引き返すけど……良いの?」
と尋ねた。
どういうことか、と眉を顰める異邦の美少年に、
「こいつと二人きりで妹さんに会って」
と、見晴嶺児を指差した。
「ライカさん、オレ……妹さんに気に入られるように頑張るからね!」
と彼なりに殊勝に意気込む長躯の相棒を、ライカはこのうえなく不安そうな横目で見つめた。
「…………」
その懊悩は深く、しかし時間としては短かかった。
「お願いします。一緒に来てください」
「え、地味にショックなんだけど」
ライカは頭を沈めて頼み込んだ。