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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(25)

「――本当は、気づいてたんだ」


 遠方からでも肌を痺れるほどの、高次元エネルギーの柱が霧散した。

 おそらくは、そして信じがたいことに、足利歩夢らと征地絵草の戦いは、前者の勝利で終わったのだろう。

 だが海水にまみれて寝そべるライカが開口一番に放ったのは、それについての悔恨や怨み節ではなかった。


「憎かったのは、あの『剣』でも、カラスでもない。俺が本当に憎むべきだったのは、あの時本当に罪を犯したのは」

 唇を上下をぐっと強く結び合わせた少年は、震える睫毛を伏せながら、声を絞って


(クリス)をあの庭園にまで引っ張った、俺自身だ」

 ……そう、告解した。

 

 あの時、自分が両親の言いつけを守って留まっていたなら。

 興味本位であの学園に忍び込んでさえいなければ。


「俺が求めていたのは真実でも仇でもない。俺は……自分の罪を肩代わりしてくれるモノが、欲しかっただけだったんだ」


 たったそれだけのこと。

 子どもとしての、軽はずみな悪戯で済むはずだった過ちが、その代償があまりにも大きすぎて。

 どうしても、受け入れることができなくて、その理由を別の誰かに押し付けたかっただけだった。


「ライカさん……」

 当時の記憶とともに甦ってきた心痛を抱き、胸の上からぎゅっと拳を押し当てるライカを、嶺児や灘は気遣わしげに見つめている。その眼差しは、有り難くも今のライカには辛いものだ。


「じゃあ、どうするんだ。お前さんは。墓守にでもなって、贖罪の半生を送るのか」

「……それも悪くない」

 海面に漂ったままそう揶揄を縞宮舵渡に、ライカは薄く笑い返して上体をもたげさせた。

「それでクリスが許してくれるとは、思えないけどな」

 と自嘲を交えて。


「そう悲観することもないだろう」

 と、すでに両脚で立つ余裕のある白景涼は、おもむろにそう慰めを入れた。

「そうだよ、せっかく剣ノ杜に入ったんだ」

「過去の錨に絡み取られて沈没するより、前を向いて生きるのを、妹さんも望んでるって」

 と、灘と汀もそれに同調して手を差し伸べた。

 それに強く頷いた涼は、表情を変えないまま言った。

「少なくとも、自分はこの二年間、クリス・ステイレットから(きみ)に対する恨み言を一度も聞いたことがない」

「そうそう、妹さんも恨んでないって」




 え、と。

 異口同音。『旧北棟』の主を除くほぼ全員が、呆気にとられた声をあげ、表情で彼を見返した。




「――今、なんて?」

「だから悲観することはない、と」

「なんでそこからリピートすんの!? ベタなボケしなくて良いからさァ!」

 汀の抗議を受けて、涼は茫洋とした眼差しでライカを見下した。


「何を勘違いしているかは知らないが、クリス・ステイレットは生きている。あの夜我々とともに『北棟』に飛ばされて。最初こそ言語が通じないゆえ難儀したが、命に別状なく、日々を生き抜いている」

「え、え、え」


 口を半開きにしつつも、声が出せないでいる異邦人。

 そのあまりに呆気なくもたらされた真実に、

「白景のよォ……」

 と、海べりに泳ぎ寄せた舵渡が咆哮を爆発させた。

「言えや!! そういう肝心なことは! ハナっから!」

「彼がクリスの縁者だと知ったのはついさっきのことだ。そもそも、説明の余地などなかったと思うが」

「筋は通っているのになんか釈然としない!?」

 独特のテンポに、思わず灘もツッコミに回る。その彼の肩を、はにかみながら汀がつついた。

「そーいや今気づいちゃったんだけど、なんかさっきのノッポさんの攻撃でブラのホック切れちゃったみたいでさ。というかそもそもびしょ濡れだし、換えの下着持ってない?」

「今このタイミングで!? てかなんで僕が汀の下着を持ってるって思うの!?」


 もはやライカ当人をほったらかしにして丁々発止のやりとりを展開していく学生たち。

 凍り付いたままだったライカに、のそのそと遠慮がちに嶺児が歩み寄り、

「えーっと……なんつーか……良かったね、ライカさん」

 その控えめな気遣いが、底抜けに人の良さそうな屈託ない笑みが、どうしようもなくライカの羞恥心を刺激して、反射的に向う脛を蹴り上げた。

 嶺児は予期せぬ奇襲に悶絶する。キックの拍子にライカもまた、再び地べたに仰向けに倒れ込んだ。


「――本当に……どいつもこいつも、バカばっかりだ」


 押し当てた手の甲の裏で瞼を潤ませ、こらえきれない笑みを浮かべて。

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