(24)
征地絵草が倒された。
剣ノ杜最強の女が這いつくばった。
その衝撃は、士羽と鳴の鉄面皮さえも動かした。
「ウソだろ、勝ちやがった」
と夢見心地のような語調で呟きを零した。
そして遅れて現れた歩夢の仰向けに倒れ伏す姿を見た時、鳴とレンリの一人と一羽は彼女に駆け寄った。
「歩夢!」
という悲壮なレンリの呼びかけに、目線で応じる程度の気力は残っているらしい。
ため息混じりに手をひらひらと前後させると、埋立地に突き立った剣が抜けて彼女の手元に引き戻された。
だがすでに手に取る気力も体力もなく、虚しい金属音を立てて地を滑る。
代わりにそれをシャットダウンさせたのは、レンリだった。
筺へと戻ったホールダーから鍵を抜いた彼は、その形状を見るなり、碧眼を歪ませた。
「……『アポカリプス』……」
かつて『軽歩兵』だった『ユニット・キー』は、剣に弓と杖と注射器が四色に、歪に組み合わさった駒となっていた。
ひどく悩ましげにその名称らしきワードを漏らしたカラスの頭越しに、鳴が歩夢を抱き起こした。
「おい、大丈夫かよ。つかお前の『キー』、なんかえらくゴツいもんになってんだけど」
歩夢は俯くレンリの横顔を見つめて、口を開きかけた。だがそれより先に、彼が口を利いた。
「よく知りもしないデバイスで無茶するからだって。今度からは用法用量を守って、正しくお使いください」
と分別くさったことを言いながら、自身のストールの内へ、その異形の鍵と『オルガナイザー』を押し込んだ。
一方で完全に出遅れたかたちとなった士羽は、伸ばしかけたその手を引っ込めて自身の『クレリック』を拾い上げて白衣のポケットに突っ込み、向きかけた足を、旧友へと切り返した。
わずかなジレンマを、薄く氷の表情に滲ませて。
絵草は、持ち前の強靭さで完全な喪心には至ってはいなかった。
震える手を懸命に、元に戻った『クルセイダー』の鍵へと伸ばす。
だが、その指先が触れようとした矢先、最強の『ユニット・キー』はあろうことか――音を立てて砕け散った。
「オーバーヒートによって『ユニット・キー』に過剰な負荷がかかり出力が不安定なったところを、まぐれ当たりでホールダー本体を貫かれた、といったところですか。数年来の無茶の結果、自業自得とはこのことですね」
冷ややかに辛辣な言葉を落とす士羽だったが、返された眼差しを染めるものは憤怒の色ではなく、揶揄とそうと同量の憐れみだった。
「……なにが可笑しい?」
「貴様の、その鈍さがだ――いや、本当は気づいてるのではないか?」
かえって不機嫌に尋ねるかつての友に、絵草は立ち上がって言った。
「いずれにせよ、その弱さは滑稽そのものだな」
そして絵草は、遠く残るメンツを眇めた目でもって望んだ。
「おわぁーっ!? 歩夢、手の傷、傷!」
「いたぁーい、めっちゃ血出てきた」
「そんな彫刻刀とか包丁で指切っちゃった的なリアクションに留めないで!? 『衛生兵』、『衛生兵』!!」
激闘を経て、自身で貫いた掌の出血が激しくなったらしい歩夢。わたわたと半分パニックになって右往左往するレンリ。そんな彼女らに呆れるようにしながらも、慣れた調子でテキパキと止血に入る的場鳴。
低いテンションで自身の負傷や治療を受け入れる歩夢は、どこかまんざらでも無さそうで、秘められた事情に気づきかけた絵草にしてみれば滑稽ではあったが……それでも賑やかだった。
その始終を見届けた絵草は、自身の手傷はそのままに歩き出した。
「……己の主義は枉げられん。敗者に通す正義無し。あいつはしばらく、お前たちに預け置くこととする」
と、士羽にしてみれば捨て台詞にしか聞こえないことを言いつつ、最後に絵草は
「お前は、逃げるなよ……士羽」
――おそらく本人には遠く響かぬ戯言だっただろうが。
最後になるかもしれない、友としての忠告を残し、征地絵草はその場を去りゆくのだった。