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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
153/187

(23)

〈エラー〉

 本人の落胆など知ったことかと言わんばかりに、あるいは嘲笑うかのように。

 その筺体は膨らんで離散の気配を見せたかと思えば、元の形へと収縮する。明滅のたびにエラーを吐き続ける。

 それは本来のユーザー、レンリではないためか。あるいは単純に自身の力量(リソース)の不足か。

 そして状況は、そうした考察の余地など残してはいない。


「幕切れとは、いつだって呆気なく無常なものだな」

 揶揄にも似た調子とともに、絵草が傷より吹きこぼれる血を払うように掌を振るう。それをサインに、上空より光の砲丸が投下される。

 避けるべくも防ぐべくもない。容赦呵責もない弾の雨が、歩夢を陥すべく、落ちる。


〈エラー〉

 そんな状況などお構いなしに、『オルガナイザー』は淡々と自身の異常を訴えるのみだ。

(さすがに死んだか)

 と歩夢をして少なからずそう思った。絵草に至ってはそれを確信していたことだろう。


 ――だが状況の急変は、次の瞬間、その筺体から起こった。

〈エラー。エラー。エラー〉

 機材はくり返す。うわごとをくり返す病人のように。

 その断裂の隙間から照射される光が、虚空に窓を開き、文字の羅列と鍵と色とが綾を成す。

 そして明滅の感覚が狭まりそれがピークに達した時、箱は一気に爆ぜて破片として散った。

 ただその一片一片は、さながら短剣のごとく、あるいは鍵のごとく。


〈エラー。エラー。エラー。えらー。エラー。ERROR。ERROR。えらー。エラー……〉

 ニュアンスを変え音声それ自体を変え、鳴り響くエラー音。

 やがてノイズがひどくなって、聴き取ることができなくなったかと思えば、


〈シングルアクション〉

 ――と、一転して明瞭な音声で再起動した。


〈リベリオン〉

〈ロング・シューター〉

〈クレリック〉

〈メディック〉

 紅く、白く、黒く、青く。

 代わり散った金属片がその窓を貫き破砕していく。そのたびに色を重ね、変化させていく。

 虹、というよりもどこか玉虫めいた、極彩色の妖光。


 やがてそれは高速で動きながら歩夢の身に到達する前に光弾を撃ち落とし、一体化した。サーフボードほどはあろうかという、彼女の細腕が手にするにはややためらわれる大きさの剣となって。宙を漂い、彼女に寄り添う。その目線と意思に従い、細やかに空を滑る。


「なんか、できた」

 短く呟きながら、歩夢はその剣把に手をかける。見た目の大きさに反し、持て余すような重さはない。かと言って、心許なくなるような軽さでもない。まるで、その重量や密度さえも、歩夢に意図的に合わせて打たれたかのような手ごたえを感じる。


 触れた瞬間、これとは比べ物にならない、学園に突き立つあの巨剣の姿が脳裏に浮かんだ。そして、燃える煉獄も。そこで斃れ伏す学生たちの姿も。


 振り払うようにそれを握り直し、歩夢の側から馳せて絵草へ突撃をかけた。

 奥歯を噛むような表情を浮かべ、絵草は一度は捨てた『剣豪』の刀を拾い上げ、斬光を放って迎え撃つ。対して歩夢の剣閃もまた、赤紫の光輝を帯びて飛んで衝突した。

 その衝撃で、歩夢の剣自体が掌中からすり抜けて割れて四つに分かたれた。

 壊れたか。否、違う。この身を通して機能が十分かつ存分に生きていることを理解する。


 ――紅く、白く、黒く、青く。

 四色の光に分かれた剣は、軌道を描いて上空の砲台群を撃ち落とし、あるいは砲塔と成って四方の火力を逆制圧し、あるいは降り注ぐ白い一矢が周囲を巻き込みながら地上を穿つ。青い雨が砲台を融かす。

 その衝撃と弾幕から袖口で顔を保護する絵草に、歩夢は再び自分の手元で一体化した剣を握って肉薄する。


 逆転攻勢。このまま応戦を許さず、押し切る――と言いたいところだが。

 二度三度と顔合わせしただけの、短い付き合いだが、それでもこの濃密な諍いの時間を通じて分かることはある。


(それでもこいつは、押し切ってくる)


 今は軽い動揺を見せているだけだ。おそらく、間合いに至るよりも先に体制を立て直し、また最大出力で斬りかかって来る。

 本当に、策も細工もない。あとは、天運と勢いに身を任すのみだった。


 ~~~


 まったく、忌々しいことだった。

 征地絵草にとって、足利歩夢当人は取るに足らない相手だった。

 活力がなく、信念がなく、執着もなく、ともすれば己の命さえもどうでも良い、と言わんばかりの目つきに佇まい。それがただ、僥倖に恵まれただけのことだった。

 その、はずだ。

 短い付き合いだし、これで終いとする腹積もりだが、剣を介して理解したことがある。


(それでもこいつは、しがみついてくる)


 どれほど追い詰めても、痛めつけても、そのどうでも良いはずの命も執着も捨てきらない。諦めない。

 そのうえで、奇策奇跡を引っ提げて生意気にもかじりついて来る。


 ――だからこそ、こいつはありとあらゆる意味で度し難い。


 信念も無しに、なんとなしで、低空飛行で生を食いつなぐこの娘の在り様は。

 本人は気づかずとも、いずれは許容しがたい存在となるだろう。


「だからこそッ、今! この場で!」


 絵草の咆哮に突き動かされるかたちで、上空の残存兵力はエネルギーに還元されてクレイモアに吸い上げられていく。


〈クルセイダー・制圧爆撃〉

「チェエエエストォォォ!!」


 喉が裂けんばかりに気炎を吐いて、絵草は膨張し切った両刃剣を真っ向から振り下ろす。

 間合いに入る手前の歩夢を、その一帯の空間ごとに圧し、刈り取る。

 空気の壁を破る轟音。天をも焦がす光の柱。その中に、少女と従者となった剣は呑まれていった。


 十字砲はあの奇妙な剣に削られ、絵草自身もダメージが蓄積している。万全ではないにせよ、それでも全力だった。あのストロングホールダーによる防壁があろうとなかろうと、人ひとり消し飛ばすには訳ないほどに。


 だが、その立ち昇る力の奔流の中を、影が游ぐ。

 荒れる大海を進む回遊魚のように。あるいは風雨の中、それでも羽ばたく小鳥のように。

 少しずつ、だが着実にその影は大きく近くなっていく。こちらへ向かって速くなっていく。


 やがてその剣は、光の柱を突っ切った。

 その勢いのまま、絵草の腰元を貫き、その足下へと突き立った。

 つまりは、彼女のホールダーだけを。綺麗に。見事に。絶対者たるために必要な、その力の因を。


「最強のあんたは、何の力も持たない、恵まれないわたしに負ける」

 と言う声が、大きく穿たれたデバイスの穴から聞こえてきたような気がした。


「それがあんたの、認めがたい真実、ってヤツだよ」


 機械の雁の悲鳴の代わりにほとばしるスパーク。

 やがてそれが爆発へと、取って替わる。

 次の瞬間、怒りと無念を乗せた断末魔とともに、剣ノ杜学園の王者は爆風によって地を転がったのだった。

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