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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(22)

 確実に、歩夢の拳は絵草の頬へとクリーンヒットした。

 だが、生徒会長が頽れることはない。膝を屈さない。

 ひしゃげた顔肉の内で、ギョロリとその目が歩夢を睨む。


「踏み、込み、が」

 と、空いた手が高々と掲げられる。

「まるで足りんわぁッ!」

 と、握り固めた拳が歩夢の横面を殴り返す。


 ただ一撃。一発。無数の光弾を浴びるよりはずっと良いと構えていたはずだ。

 だが、それだけで、歩夢の脳は揺れ、その拍子に誤作動でも引き起こしたかのように、全身の末端神経にまで電流が流された。


一対一(タイマン)の殴り合いに持ち込めば勝ち目があるとでも思ったかッ」

 という勇ましい声とともに、二度、三度と組み付く歩夢の背を叩く。剣を封じられ、あるいは同士討ちを避けるために援護も期待できないその中で、絵草は殴打を繰り返し、歩夢は反撃の拳を繰り出すべくもなくしがみつくのがせいぜいだった。


「この私を誰だと思っている!? あの惨劇の夜から勇を奮い、剣を振るってきたのが征地絵草だ! たまさか選ばれて力を括りつけられた小娘如きとは、場数が違う!」


(小娘て)

 言っていることは、身をもって理解できる。

 自分は偶然に旧校舎へと足を踏み入れたが故に力を手に入れた人間。つい春先まではふつうの側に立っていた人間だ。征地絵草が彼岸の修羅どもと戦っていた合間に、自分はまさにただの中学生活を安穏と送っていたのだから、素体(ユーザー)の戦闘経験値は比肩すべくもない。


 ただの。

 安穏と。

 あぁ、と歩夢は天を仰ぐ。


「それは、違うか」


 独りごちた歩夢の顎目がけすかさずアッパーが繰り出される。

 喰らえばいかに保護されようとも骨が砕ける。

 だから、受けた。

 下顎ではなく、くんと折り曲げた額で。


 ぐらりとしたが、敵の指先の衝撃と苦痛がその数倍することは、表情を見れば分かる。


 反撃の時は今だった。

 膝を脇腹にめり込ませ、顔に猫よろしく爪を立てて、眼球や鼻腔を狙う。


 当然実戦(ケンカ)慣れなどしていない。加減も、暗黙のルールというものも、歩夢には分からない。


「この……っ、クソガキがぁ!」

「勝つための努力をしろ的なコト言ってたの、あんたでしょうが……!」


 頭突き(アタマ)を使って、何が悪い。

 そういう反骨心を源に、歩夢はアウトローな戦法で暴力尽くの絵草に抗う。


 そうだ。

 ただ一つ。一点。足利歩夢がこの無敵の生徒会長に負けないことがある。

 すなわち、すべてに劣るという点、それ自体。


(わたしは、ずっと痛みに耐えてきた)


 わずかな力さえ持たなかった頃から、ありとあらゆる理不尽に曝され、誰も救ってくれなかったその中で。苦痛を当然のものとして受け入れた。


 だから、絵草の暴力などどうということもない。慣れている。ずっと食らいついて、離さないという自負がある。

 力にも運にも才能にも環境にも恵まれてきた女相手に、そこだけは負ける道理はないし、敗けてやる義理もない。


「チビ猿風情が! 生き汚いにも程がある!」

(モリ)へとっとと帰れ、このクソゴリラ!」


 ……が、えてして物事は本人たちの熱中とは異なり、実像は卑小なものであるらしい。

 傍観するよりほかない他の三者の眼は、罵り、殴り合う絵草と歩夢を案じつつもどこか呆れ気味で、かつ冷ややかでもある。

 その彼女らの表情が変わったのは、次の瞬間だった。


「チェェェェェ……ストォァッッ!」

 甲高い気合いとともに、絵草は凍り付いた脚を強引に持ち上げた。

 股の牽引力だけで二つに割れた氷塊にまとわりついた脚でミドルキックを繰り出し、歩夢の横腹を突く。

 その衝撃を利用して氷塊を砕き、生じたわずかな隙で光の剣を掌から引き抜く。


「歩夢ッ!」

 たまらずといった具合に士羽とレンリが駈けださんとするのを、空中からの爆撃が妨げる。

 それは彼女のみならず、歩夢たちの円周に及び、外野からの一切の介在を拒絶する。


「もう良い。貴様は、今ここで殺す!」

 戯れ合いでは済まない物騒な口上とともに、片手でクレイモアを突き上げる。

 十重二十重に層が加わっていく、爆炎のリング。その内側で、歩夢は自分でもらしくないほどに諦めてはいなかった。

 すべきことはすべてする。打つべき手は打ち尽くす。そうでなければここに来た甲斐がない。


 だが、それは無策や蛮勇とは違う。もはや相手に懐に飛び込むことを許す油断はない。

 不意を打つことはまず不可能だろう。

 だから、それ以外の部分に勝機を見出すよりほかない。


 そして即時に視線を巡らせた歩夢は、視界の片隅にそれを捉えた。

 反転した彼女がそこへと向かう。逃避と錯覚した絵草の爆撃が、その背を襲う。

 あまりに早い焔の巡りは彼女の身にわずかに届き、爆風が彼女の痩躯を躍らせる。


 途中、限界に達したストロングホールダーは歩夢の身体から離れていく。だが問題はない。むしろ意図せずして軽い身体は爆風に焦がされながらも乗ることに成功し、目指す地点への到達が叶った。


 そこは、それは、一個の筐体。

 レンリが隠し持ち、そして絵草に鹵獲され、今捨て置かれていた別のホールダー。現状、唯一絵草に対応できた武装。

 曰く、『オルガナイザー』。

 あれほどの激戦の中で置かれたにも関わらず、まるで空間ごと固定されたかのように微動だにせず鎮座していた。


 だが、歩夢が飛びつくように掴むと、自然とその腕の中に収まった。

(物は試しか)

 否、生き残る術はその奇手のみ。


 歩夢は爆破の衝撃で転がった『軽歩兵』の駒鍵を拾い上げると、レンリがそうしたように、鍵を筐の隙間へと差し込んだ。


〈エラー〉


 ――などという音声(アナウンス)が、虚空に無慈悲に木霊した。

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