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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(21)

 ともすれば自らも巻き込まれるその鉄砲水の中で、ふたたび灘は舵渡と肉薄した。

 戦場へと乱入する暴れ水を刃で絡め取り、圧力へと換える。その力を持て余し、前のめり気味ながらも、打算を捨てて、力任せに。


 ギッ、と歯を食いしばりながら、正面で攻撃を防ぎ止める自分たちのリーダーは、

「この、イカレが……!」

 と呻きながらも、どこか楽しげに唇を歪めた。

 何合かの迫合いの後、両者の間を暴流が妨げる。

 そこへ乗じるかたちで、汀が割って入る。それを追うのは、一度は水中に呑まれかけた嶺児だ。


 その体格差(ハンデ)はゆうに頭ひとつ分を超えている。

 だが、臆することなく身を翻した汀は、その長躯へと挑みかかる。

 灘はそんな汀を案じてはいない……彼女が、あの妙なところでリアリストとなる幼馴染が、分の悪い正攻法になどで応戦するものか。


 果たして、咄嗟に身を屈めた彼女は、その股下をスライディングでくぐり抜けた。


「下!?」

「いんや、正面」


 と言うが早いか。自身の足下に気を取られた隙突いて、後続の『キャプテン・レギオン』が上段回し蹴りで嶺児の側頭部を叩いた。

 ぐらりとよろめく彼はふたたび洪水の中へと叩き込まれた。


 舌打ちとともに、全力全速で後退しつつ、舵渡は未だ侵されざる地面を抉る。

 エネルギーを帯びた土塊はしかし、反攻のためには使われない。互いを平坦につなぎ合わせ、大ぶり一枚のパネルと換えて、かつそれの上に両脚を載せる。

 追いついてきた水流は彼の身柄を浚うことなく、作られた簡易的な筏をもってやり過ごさんとした。


 させじと動いたのはまたも深潼汀。水と駆けっこでもするかのような溌剌な疾走。だが指先は機械のように精妙そのもの。自らのデバイスを操作する。


〈キャプテン! フルセイル・オールアウト!〉


 その必殺の号令を受け、三角帽の魔人が、守るべき主人を離れて水圧で浮き上がった舵渡の筏の進路に、一息飛びに回り込む。その途上、銃を汀へと投げ渡した。

 ニンマリと口角を吊り上げた汀は、彼女自身が波に奪われない内に素早く身を切り返しながら、そのトリガーを弾いて連射する。海賊は、残り鉤爪で舵斬り立てていく。

 遠近からの挟み撃ち。だが、流石に南洋の主はそれに耐えた。的確に有効打の軌道を呼んで両面からの攻めに応対していく。

 だが、彼自身は傷を与えられずとも、即席の筏の方はそうはいかない。

 唯一無二、かつ不安定極まりない足場が大きく揺らぎ、舵渡が落水する。と言うよりも、完全にバランスを崩すよりはと自分の意思で飛び込んだ、といった方が良いかもしれない。熟練者ならではの判断だ。

 だが、彼を安全圏から叩き落としたのは確かだ。


「してやったり」

 とガッツポーズをする汀だったが、その背に迫る波濤の中、海蛇のごときものが伸び出てきた。

 それは、長い人の腕。そして握られた長柄の鋒先。まるでそれ自体が生物であるかのような挙動とともに、上下すると、その振動に促された穂先の猿が、自身の足下の鍵を回した。


〈ハイランダー・フォーリングチャージ!〉


 野太い音声に発破をかけられた異形の猿が、並々ならぬ闘志を滾らせて一鳴き。曲刀を放り投げる。

 勢いよく旋回するそれが『キャプテン』の胴体を真っ二つにして破壊。返す刀で虚を突かれたかたちとなった汀の背を掠めた。


「汀!」

 一瞬、灘は彼女を顧みた。だが、気丈に明るく歯を見せた彼女は、

「良いから前! 何も考えんと、思いっきりブチかませ!」

 と焚きつけて、自らは相棒の爆風に煽られながら、仕留めた相手――おそらく見晴嶺児の腕と同時に海中へと沈んでいった。


 ……彼女のことが気がかりではあるが、その口端に如何ともしがたい苦笑が浮かび、前に目線を戻す。

 仮にも好ましい相手に尻を叩かれては、最後まで意地を張り通して恰好をつけるよりほかないだろう、と。


「よくやった、デカブツ……っ、これで!」

 水泳競技者として、というよりも南洋の荒事に慣れ切った舵渡があっという間に体勢を立て直しつつある。

 だが、その横に妖しき輝きがじんわりと浮かんだ。

 それが何者による発光なのかは、その色と圧とで灘たちにとっては明らかだった。


「あぁ、しまった」

 ――そう、舵渡は歪に笑った。己が取り返しようのない失念をしていた。その失態の重さを自覚した時、人はやはり笑うしかないのだろう。


 白景涼。

 マークの外れた彼の右の脚部に、飛龍の形を成したデバイスが地面に頭を向ける形で張り付く。脚甲と化す。聞いた話によれば肩上にしがみついていた、とも聞くがこれはそれとは別のパターンと思えば良いのか。

 その熱が、水流が彼に到達することを許さない。舵渡は表情を引き吊らせたまま、一度は支えとなっていた筏を自ら踏み砕いて分解した。


「……ったく、隙が出来ればすぐ全力か……少しは忖度しろよなァッ!」


 浮かび上がったそれらは、デバイスを握る拳の動きと咆哮に合わせて、涼へと向けて射出された。

 だが、『北』の鎮護者は『南』の大元締の攻勢に、無反応。

 代わり、黒龍に抱かれた右脚をゆらりと持ち上げ、そして突き出した。


 ぐわりと蒼黒の火焔が、放出された。

 灘によって地上を侵さんとしていた暴水が、割れた。

 さながらモーセの奇跡のごとく。

 真一文字に海原を切り裂いた焔、いや熱線は、その軌道上にいた舵渡をその投擲武器ごと吹き飛ばした。津波と共に、海原へと押し出した。それでも一瞬間は耐え抜いたのは、舵渡の尋常ならざる根気根性がためだろう。


 ……そして、その熱量のいくつかを引き裂き、天へと打ち揚げた。

「いけ、異人の小僧」

 と、悪童の笑みを浮かべながら。


 先の嶺児と、要領は同じである。

〈リベリオン〉

〈ダガー〉

 その割れた海原の中央に立つライカ・ステイレットはルールの制約から解き放たれた武器をメインの武装と入れ替え、流星のように雪ぐエネルギーの残骸に、デバイスより裏拳の振りを放って吸い上げる。


〈リベリオン・ダガー・コンビネーションチャージ〉

 さながら弓矢を引き絞るがごとく、吸い上げた力は彼の手元で短剣として鍛造され鉤型の軌道を描いてライカの周囲を巡る。対峙しているのは、灘である。


「……こんなことしても、無意味なのにな」

 だがその表情は、どこか虚ろで浮かない様子だ。

「いや、今までやってきたこと自体がそうだ。こんなことをしても、クリスは」

「クリス、それが君の喪ったひとの名か」

 灘にはその気持ちがよく分かる……とは口が裂けても言えない。

 この少年と、自分の中にいた者には相通じる部分があるからこそ、なおさらに。

(去ったあいつも、きっと多くを喪ってここにいたはずだから)

 あの亡霊がもはや何を想って、灘に取り憑いていたかは知るべくもない。しかし彼が遺した感傷の爪痕だけは、今なお灘の内に残っている。


 ――それでも。


「無駄なんかじゃないよ」

 はっきりと分かることもある。

「たしかにそれ自体は何の成果も得られなかったものかもしれない。ろくでもない自己満足だったのかもしれない。それでも、きっと君が前を向くためには、必要なことだったんじゃないかな」


 もう一人の自分は、後悔していた。だがそれは、何かをしてしまったことへの悔いではない。何も出来なかったことを、彼は苦しんでいた。

 内から殊更に自重を求めていたのは、その裏返しだったのではないか。


「喪ったものは取り戻せないかもしれないけど……でも、それとは別に得られたものだってあっただろ? 楽しかったんじゃないのか、剣ノ杜(ここ)での生活は」


 唇を噛んで俯く転校生に対したまま、なお灘のチャージ攻撃は持続している。

 狂い乱れる水の何筋かはその穂先に集約される。


「……さぁな、知ったことか」

 一瞬、灘の後ろに目を向けながらライカは返した。

 短刀を取り纏めた彼は、深く腰を沈めて


「それをハッキリさせるためにも、もう終わりにしようか」

「あぁ、こんな下らない争いは、さっさと終わらせる」

 もはや、小細工も地の利もチームワークもない。

 最後は残された個と個。力と力の衝突だけだ。


 それを悟った瞬間、ほぼ同時に駆け出した。

 蛇行しながら短剣が飛ぶ。竜の背の砲口が前へと傾き火を吹く。

 それぞれに向けられた射撃を相殺しながら、刹那の交錯。互いの感情が合致したがゆえの、理想的な幕引きの図だ。


 その位置を入れ替えながら地を滑る少年たちは、己に問う。

 顛末は如何、勝敗は如何、と。

 そして結果は己の身の変調ですぐに分かった。


 灘の、得物を握る手に痺れが奔る。鋒先のレギオンは叩き潰され、ひしゃげてスパークしている。

 指先に感覚が戻らず、そのまま地面に取り落とす。

 だが灘の方にしても、確かに相手の障壁を斬り破った手応えはあった。


 つまりは、相討ち。


 だが後悔はない。力と技術を出し尽くした結果だ。

 そして、ライカにとってもそれは同じらしい。


 倒れ伏すその間際、わずかに傾けられた彼の横顔もまた、どこか安堵感さえある、それこそ憑き物が取れたかのように穏やかなものだった。

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