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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(20)

〈アドミラル・スチームエンジン・コンビネーションチャージ〉

 攻撃を正面から受け、そして流しつつ、澤城灘は地を滑る。滑走の最中に、武器を短く持ち直してその穂先の付け根の鍵を回す。


 竜の顎より一気に吐き出された息吹が煙と化した。嶺児の雲と混ざり合う。互いの視界を塞ぐ中、灘は駆けだした。


「さらに混戦を誘う気か……させるかよッ!」

〈バルバロイ・ランペイジチャージ〉


 『キー』を回したホールダーを、舵渡が地面に叩きつける。

 衝撃によって浮き上がった破片が武気を纏いて武器へと変わり、八方に飛び散る。

 それらが乱雑に、致命的な威力を伴い飛散する。まともに目も利かない中、跳弾も自爆もフレンドリーファイアも辞さぬその様相は、まさしく大暴れ(ランペイジ)の名にふさわしい。


(けど、先輩はやはりマジメな人だ)

 初動の軌道には地に足がついたような法則性がある。

 被弾にさえ気を付ければ避けることそれ自体は困難ではない。


 駈ける灘に流れる短槍たちもまた、

「――あ?」

 蒸気の中に忍ばせた鉄鎖が、その追撃を防ぐ。

 ぐわりと押し広げた海竜の口から漏れ出るのは、蒸気だけではない。アンカーと、それに連なる数条のチェーン。そして、そこに数珠のごとく括りつけられた無数の火砲。


 機動しながらそれらが、あらゆる敵をつるべ撃ち。オレンジ色の爆炎を鈍く孕む白煙の中、灘が狙ったのは敵の功性防壁を担う、見晴嶺児。そのカウンターに乱れが生じた今こそ、攻め切る。


「へェ、オレ狙うんだ?」


 ライカ、舵渡への砲火は牽制程度の最低限に。対して嶺児へは手数を増やしつつも散らして放つ。そうして雲の幕を薄くさせつつ、近接戦で一気に撃ち破る。

 その、つもりでいたが意外にも嶺児はノーガード。軽くステップをしつつ、直線的な刺突を避けてのけ、

〈ハイランダー〉

 そして、曲刀で正方形を形作る飾りの、薄いグレーの『ユニット・キー』を換装した。

 先のものとはわずかに濃く見える雲が、蒸気の中を駆け巡り、その中で猿のような奇声があがった。

 転瞬、鋭い風切り音ともに何かが雲の内より旋回し、張られた鎖を断ち切っていく。


 そこに意識が寄った瞬間、自らの正面に圧を感じる。

「ケンカは、ビビったら負けだ」

 とうそぶきながら、嶺児がその長躯を灘のすぐ前に移していた。

 ただでさえ迫力あるそれが長柄物を大上段に振り上げれば、それは人以外の長大な何かに視える。あるいは、土砂崩れに巻き込まれる直前の光景か。


 灘の工夫、小細工など無為無用とばかりに、真っ向から落とされる一撃は間違いなく灘を倒すに足る一撃を秘めていた。


「まったくもってそのとーり! 『伏兵(アンブッシュ)水兵(セイラー)』!」


 その灘の背を、小さな拳が小突く。

 まるでその拍子に――といった調子で。

 まろび出た。水兵風の怪人が。灘の肉体(ハラ)の中から。

 彼は身代わりとなって嶺児の鈍器を受けた。完全に粉砕される際、手にした短筒(ピストル)を嶺児の顔面に撃ちつけた。


「あぶっ!? そんなんアリかよ」

「こんなんアリなのよ。というかで、コレもアリ中のアリ! 『キャプテン』の『アクアコード』発動! この戦地(フィールド)においてグレード3以下の『ユニット・キー』によって付与された効果を無効化し、初期値へと戻すッ!」


 自身のレギオンにより嶺児を退け、灘の救援に駆け付けた汀、その彼女の本命たる人造レギオンが叩きつけた鉤爪の衝撃を浴びたライカのデバイスの、膨張していたエネルギーが収縮していった。


「なんだそのインチキ効果!?」

 とライカが呻く。敵方の抗議ながらまったく同情と同意しかない。

「……効果の宣言を土壇場にやるんじゃない。あと僕に知らない内に気持ち悪い仕込みしないで!?」

「でも、楽しかったろ?」

「ちっっっとも愉快じゃないっ」


 反省の色のない汀であったが、みずからと灘の背を自分から重ね合わせながら、至近で

「お前も、きちんと楽しみなってば」

 と囁きかける。

「お前自身が啖呵切ったんだ。理屈も打算をひっぺがして、遊べ……そのためのオモチャだろ? そのユニットは」


 晴れたいに横顔を向ける汀の言葉に、しばし唖然としていた灘だったが、やがてそれは苦笑に変わる。知らず口角が吊り上がる。

 ――嗚呼まったくどうして、彼女には敵わない。


「……全身ズブ濡れになっても、知らないからな!」

 灘は『キー』を取り換える。ただ、換えるべきは片方ではなく、左右双方。本来統制に欠かすべからざる『提督』の駒さえも外す。

 普段の自分では、決してやり得ないこと。だからこそ、今使う。決死の賭けなどではなく、

(たまには、帰り道に裏道に潜ってもいいだろう。雨の中を傘を差さずに走り回る日があってもいいだろう)

 という、汀の言葉で解き放たれた、軽やかな気分で。


〈〈同盟(ユニオン)! 『私掠船(プライヴェティーア)』! 『ハイドロポンプ』!〉

 

 ホースを三つ折りに畳んだ水色の鍵、鹿のような船のような表現し難い形状をした黄金色の鍵。それらを『ユニオン・ユニット』に再挿入。


「狩りの夜は来た! 暗礁を砕く、魔の海嘯よ! 鬼よ哭き踊れ! グレード4.995! 『ワイルドハント・ゴールデンハインド』!」


 アンカー、鎖、蒸気、それを吐き出す船の怪物。

 それらがその号令とともに四散し、まったく別の怪魔へと作り替わって鋒穂へと収束する。

 鹿のごとき角と四肢を持つ、赤錆色のレギオンへと。


〈プライヴェティーア・ハイドロポンプ・コンビネーションチャージ〉

 ――初手から禁じ手。約束破りの必殺技。

 その背に無数を生やした砲口が、灘が『ユニオン・ユニット』を捻り回すのに従って一斉に火を噴く。

 轟音とともに飛翔していく砲弾たちはしかし、彼が背にする海面へと着水した。


 統制機構を失ったがゆえの暴発か、とその場に居た者の大概は思っただろう。灘自身、今この身に伝わる力を自分でコントロール出来ているという自覚はない。まるで手放しでスキーでもしているかのようだ。


 だがこの見当外れの弾道に限っては、そういう狙いだ。

 次の瞬間、海が内よりオレンジに色づき、膨れ上がった。

 一度ならず二度。二度ならず三度。段階ごとに天へと海水を打ち上げていき、しかもその水量は蒸発するのではなく、勢いと共に増していく。


 一度巻き上がったそれが、天高くより落下していく。豪雨……否、大瀑布。逆しまとなった、荒れる大海原。


「ちょっ、おいおいおいおい!」

 その性質が同一のものであるがゆえに。その防壁は面的なものではなく縦横に移動していく点であるがゆえに。

 見晴嶺児は、展開させたその雲ごとに真っ先に流された。

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