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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第二章:上帝の、ツルギ
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(4)

 旧校舎、中央庭園。

 そこは、『黒き園』と呼ばれている。

 見える者には見える、その巨大な剣に二年前に焼き尽くされたためではない。この学園が誕生する以前についた名だった。


 戊辰の役の前、旧幕府軍を挑発する目的で新政府軍が略奪や焼き働きをくり返し、人の住めぬ焦土を作った。

 それを復興すべく征地鍵祐らはそこに誓いの剣を立てた。


 そして今は、そこに厄災の剣が突き立っている。

 巨剣はこの一帯の空間を歪め、人々を異形化せしめ、容易に侵入できない迷宮と化していた。

 表向きは建て直しのために今なお閉鎖中だし、たとえ対レギオン用装置『ストロングホールダー』をもってしても、ここに来られる者は稀だ。


 だからこそ、通常の技術では盗聴や盗撮の必要のないそこは、格好の談合の場でもあった。

 だからこそ、その周囲に十人近く人が集まることなど、異例の事態であった。


「っし、一番乗り! ……ってわけでもねぇか」

 少年は、意気込みながら校舎に足を踏み入れた。二階の割れた窓から顔を覗かせるなり、その向かいに見える複数人の影に落胆してみせた。


 東校舎、特進科二年、(たかどの)灯一(とういち)

 きっちり着こなした制服は、一年前と比べ丈が合うようになってきている。過剰なまでに風紀を気にする学年主任の眼を欺ける程度にセットを抑えたナチュラルなヘアスタイルを指で再調整している。

 ふだん、ここに入るときは校舎では決して聴けないようなロックな音楽のリストが保存されたプレイヤーとヘッドホンを持参するのだが、今回ばかりは重要事項だかの清聴へ向けて、外していた。


「花見の席取りじゃないんだから」

 その背後で苦言を呈するのが、東校舎の『管理区長』たる輪王寺(りんのうじ)九音(くのん)である。ノブレスオブリージュを体現するかのような優雅さと精悍さに満ち溢れた、美少年然とした気品ある顔立ちは、まさしく特進クラスの模範的な生徒であり、守護者といっても過言ではないだろう。


「出遅れたか?」

 ふたりに、長大な影が覆いかぶさった。

「あ、白景(シラ)センパイ。久しぶりじゃないっスか」

 長身の青年が、少女をともなって重いブーツの音を響かせながら、彼らに並んだ。


 『旧北棟』、『旧工業科』三年。白景(しらかげ)りょう

 冬用の、と言うにしてもあまりに分厚いミリタリージャケットはネックから膝下まで、学生服をすっかり覆い包んでいる。睫毛の長い端正な顔立ちがらも、修羅場を十も二十もくぐり抜けたかのような迫力を帯びていて、服装も相まって高校生というよりかは、それこそ過酷な雪国の一軍人のような雰囲気を持っている。

 逆に彼の参謀的立場にある南部(なんぶ)真月(まつき)が垢ぬけた繊細そうな小柄で可憐な少女ということもあって、その異様にして威容は、曲者ぞろいの『委員会』メンバーの中でもなおさら際立っている。


 ややその武人を見つめていた灯一だったが、尋ねざるをえなかった。


「……そのカッコ、いくらなんでも暑くありません? もう春っスよ?」


 涼は答えた。

「自分の仲間たちは今こうしている瞬間にも、あの『(せかい)』で生きようとしている。どんな状況であれ、脱ぐわけにはいかない」


 ――その両肩に重くのしかかる、冷たい雪はそのままに。


 だが彼の返答が終わるより速く、眼をいからせた真月がその無礼を咎めるよりも速く、鋭いローキックが灯一の膝裏を襲った。彼の幼馴染であり、主人が放った一撃だった。


「いって! なにすんだこのア……ア、アホ!」


 だが輪王寺九音は無視した。そのまま薄くワックスの塗られた後頭部を掌で抑えつけると、力づくで低頭させた。


「この大馬鹿が本当に失礼なことを言いました……!」

「いや、だってさ、ヘタに目ぇ背けるより笑い話にしたほうが良いってこーゆー場合はっ!」

「もう良いからしばらく黙ってて!」


 あるいは過剰に過ぎる謝罪は、北棟の彼らの溜飲を下げさせる狙い、つまり他ならぬ灯一をかばう意図があったのかもしれない。ないのかもしれない。

 ともあれその狙いは成功したようだ。というよりも、さして気にしないように涼は片手を挙げて制した。


「……まぁ、私たちの境遇はべつにあなた方のせいと言うわけでもありませんので……ホールダーの数を独占しているどこかの連中とは違い」


 だが真月のやり過ごした怒りは、そのまま矛先を剣を挟んで向かい側へと転じた。


「つれないことを言うねー、マッキー」

 短い蓬髪を後ろでたばねた男子生徒が、ヘラヘラと笑いながらそれに応じた。窓の外に出て、その縁に身を下ろす。


 商業科二年。西棟担当の『管理区長』、多治比(たじひ)和矢(かずや)


 長身でブレザーの下に赤いパーカーを着た、いかにも軽薄そうな恰好が、灯一には少しうらやましく思えた。何しろ自分は、プレイベートでさえ自由なファションが許されない。


 彼の後ろに控える生徒たちはいずれも西棟の生徒で、中には彼の妹たちもいる。

 そのうちのひとり、多治比三竹(みたけ)が雑な兄のそれと違ってきれいに結わえた髪をブラシで整えながら言った。


「てゆーか、そもそも南部センパイって西棟の新聞部じゃないですか。いつまで戦場カメラマン気取って公表もできない写真なんか撮ってるんです?」

「……あの状況を見て、どうにかしたいと考えない方が人としてどうかと思うけれど」


 静かに、だが確実に、今この瞬間にも北棟の副代表者は不満を募らせていく。

 だが相対する三竹は、ブラッシングに余念なく、だが的確に言い返していく。


「ずいぶん言ってくれちゃってますけど、あくまで多治比グループはホールダーの生産と品質管理を任せられているだけ。というかそもそも兵器にさえなるような代物を、おいそれと流せるわけがないじゃないですか。あなた方相手だと、流通ルートさえまともに確保できないってのに」

「それはわかってる。けど、それにしたって酷いふっかけようだと思うんだけどね。あの『鍵』が、我々にとっても貴重なものだと知ってるはず」

「じゃあ今度から現金払いにしますゥ? 払えればの話ですけども」

「……っ!」


 西棟側にどっと笑いが沸いた。

「……なんでそこまで言うかねぇ……」

 愛想笑いから一転。兄の和矢は気まずげに脇へと逃げようとしたが、次女の衣更(きさら)がそのフードを引いて押しとどめた。

 前に出ようとする真月を、片腕を突き出して涼が抑え込んだ。


「ていうかやっぱり、楼先輩もあれはないですよ」

「……は?」

「常に危険と隣り合わせなあたしらと違って、東棟の皆さまは『隔離』されてますからね。未来の官僚様に不相応な、不見識な発言だったと思いますけど」

「東が全員エリートってわけじゃねぇ」


 むしろ、そうなってたまるかという強い抵抗感が灯一の中にはある。

 それ以上触れて欲しくなくて、灯一は不自然を承知で話題を変えた。


「隔離といえば、南洋の連中は?」

「あ、あぁ縞宮サンなら水球の大会の応援で来れないって」

「……あのお祭り好きの脳筋」


 ほっと人心地ついた調子で、和矢が話を合わせてくれた。

 それはそれとして、いかに離れた姉妹校とはいえ、南洋高校のお気楽ぶりには呆れる思いだ。


「てことは、残りは」


 わざわざ数えるまでもない。この『委員会』の統括責任者であり、そのパワーバランスの頂点に立つ存在。


「もったいないことだ」


 勇んだわけでもない。気を荒げているわけでもない。それでも彼女の履くローファーは、吐き出す声は、その場にいた誰の発したものよりも大きく聴こえた。


「ともすれば、こちらも大祭になるのかもしれんのに、なぁ?」


 彼らを自身の権限でもって呼び出した張本人、生徒会長の征地絵草は、彼らを見下ろすようにして屋上に現れた。

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