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剣ノ杜学園戦記  作者: 新居浜一辛
第八章:カラの、玉座(後編)
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(18)

 乱戦だった。

 異なる色、異なる戦術、異なる手管、力の根幹を同じくして、しかし非なる設計思想の武具を回す。

 文字通りの種々様々な手段をもって、彼らは二陣営に分かれて戦う。

 むろん防壁はある。限界点に達した時には、デバイスはエネルギーを放出してユーザーをパージする。だが一歩間違えれば死ぬ。あるいは殺される。

 そんなことは望むべくもない。だがそれでも、手を抜かない。

 ――楽しい

 と、そう思えるのは彼らの業だろう。


「おらァ、どうした白景の! こっちに長く居過ぎて鈍っちまったか!?」

 歴戦にして最年長の縞宮舵渡が、もっぱら白景涼を相手取っている。リーチの長短と剛柔を織り交ぜて乱撃する。

 木片一つでさえ強力な飛び道具へと換えられるその物量と、それに比例する火力により、彼の攻めの手を封じんとする。

 むろん、涼が自身の苦戦に際してグレード5を起動させてばすべての優勢は覆る。ゆえにそれを出す暇を与えず、決着をつける時は一瞬で。それを見越しての連打であった。


 だが涼も普段の抜けっぷりはともかくとして、戦時においては機敏だ。舵渡のトリッキーな猛攻の内、虚々を見抜き、実々を防ぐ。逆転のための火興しを、降り積もる雪の如く静かに整えていく。


 その彼らの応酬の余波。衝突によって生じた流れ弾やエネルギーの残骸を、触手のごとく可変の雲が絡め取っていく。

「いただきっ、と!」

 さながら露天のアクセサリーでも掏り取るかのような悪戯ぽい調子で笑い、見晴嶺児はピッケルにも似た自身の長柄を天へと向けて捻り上げた。


「行ったよ、ライカさん」


 ゆったりと後退しながらのその声を受けて、彼の頭上をライカ・ステイレットが跳んだ。


〈リベリオン〉

〈電撃戦〉

「共同戦線、神速反攻3.30」


 嶺児の腕捌きに従い打ち上げられたエネルギーが、北欧人の少年の肉体と手の内のデバイスとに余さず吸い上げられていく。

 それを雷光へと変換し、地表へと殴りつけるがごとくに打ち出す。

 まさしく、落雷だった。

 空気を引き裂きながら降り注ぐ紫電は、先に退避した嶺児を除く全員を襲った。


 迎撃に注力する他の一同だったが、その内の一条の電光が、澤城灘の身体を貫いた。

 一部の人間が、そのショッキングな光景に刹那的に一瞬意識を奪われた。

 だが彼らの目前で、灘の影はノイズめいた異音を立てて骨格ごとにぐねりと歪んで変貌する。

 灰色の手足胴体はひょろ長く、頭だけには編笠を被った痩せ浪人がごとき、無貌の亜人。


「『影武者(シャドウソルジャー)発動! すでに、灘の身代わりをさせていたんだ!」

 と、一部ならざる深潼汀が自身の『キャプテン』と背合わせとなりながら得意げにうそぶく。

 さらにその『キャプテン』の裏から、本物の灘が飛び出した。

 狙うは偽者と涼とに意識が分散した舵渡、その背の死角。

 空中に火砲を展開して撃ちつけ、牽制。しかる後に青槍を振るう。


 取った、と灘が断じた瞬間、直接のリーダーの横顔が、ぎろりと灘の方へと向けられた。


「初撃が甘ェ、太刀筋が単調」


 低い声で指摘しながら、彼は最低限の動きで、顧みもせず飛んできた火球をかわし、

分校長(オヤジ殿)が不祥の息子と嘆くわけだ!」

 と真顔で吐き捨てて、みずから灘の懐へと潜り込み、ホールダーをその胴へと叩きつけた。

 それ単体でも手斧の鋭さを帯びた一撃を喰らい、かすれた呼気とともに灘はつんのめった。


「やっぱ憑いてないお前じゃあ、この中で戦力になるどころか足を引っ張ってる」

 揶揄の響きさえないがゆえの、無慈悲な指摘。

 だが多分に自覚のある、事実だ。


 蹲る彼を先に脱落させんという腹積もりか。舵渡は完全に標的を灘へと切り替えて来た。

「灘ッ」

 援護に入らんとする汀を着地したライカが、涼を嶺児が抑えこむ。


 その切り替えた方針はきっと正しい。指摘も正しい。

 動きも鈍い、太刀筋も単調。今更にその愚鈍さを覆すことなど出来ようはずもない。

 ――となれば、採るべきは一つ。用いるべきは、この一基。


 自身の懐から転がり出たU字型のデバイスを、『提督』を抜き取ったデバイスへと代わりに挿し込んだ。

「『ユニオン・ユニット』……! オマエが盗ってたのかッ!?」

 というライカの驚嘆は、どこか遠い。

 大きく心臓が、ひとりでに跳ね上がる。成長痛じみた鋭い痛みがゆっくりと、ねっとりと神経に刺し込む。


 ――だから、止めておけ。


 脈打つ鼓動の間隙を縫い、声が聞こえる。

 この強化アダプタの不具合や副作用ではない、と本能で分かる。これはただの機械に過ぎない。

 これをトリガーとして囁きかけるのは、彼自身の内にしがみつく影法師だ。


 ――彼女らにこれ以上肩入れをするのは、よせ。

 ――ありふれた青春を、謳歌しろ。

 ――それは間違った道だ。だからお前の手足は魯鈍となる。

 ――その選択を、お前は後悔する。


 先に喪心した時と似た忠告と宣託を、彼の内面から

 そのたびに頭に余韻が異音と痛みとなって響き渡り、何かを思い出しそうで思い出せないジレンマに苦しめられる。

 『彼』の危惧するところは、仔細は知らずともその真剣みと暗澹を称えた声音を通じて分かる。

 そうでなくとも、あの生徒会長を敵に回してのこのゲームは危険きわまる。


「それでも」

 と、少年は背を丸めたままに立ち上がる。

「退く気なんてあるものか。僕はすべて承知で、ここにいる」

 震えるその手で、『キー』を『ユニオン・ユニット』へと再挿入した。


「僕は、足利歩夢への負い目を少しでも返す。汀の友人に少しでも手助けがしたい……あいつの願いに、寄り添いたい」

 背を伸ばして立ち上がった灘は、サブのキーを握りしめながらコンクリートを踏みしめた。


「南洋の学生が、今この胸の衝動(きもち)に目を背けて、どんな青春を送れるっていうんだッ!」


 自身の理念に真っ向から対立するその声があったればこそ、むしろ灘は猛り、そして挑むが如くに迷いを振り切った。

 痛みは潮となって引いていく。心の煩悶は靄となって明けていく。

 その奥にいた誰かの孤影の姿は、自分と同じ貌をくしゃりと歪ませながら、


「やっぱ、そうなんだよな」


 と。

 諦観とも同調ともつかない調子で泣き笑い、そして泡沫となって消えた。

 自身の内にあるものが淘汰され、意識を現に戻して見渡す景色は眼鏡さえ要らないほどに澄んでいる。掌の内、異形異能の武器から伝わる反発は消えて、自身の器量に収まっているのを感じた。


〈〈同盟(ユニオン)!〉

〈『蒸気機関(スチームエンジン)』〉

〈『提督(アドミラル)』!〉


 灰色に光を燻らせる鍵を捻じ回すと、鋒の柄より吹き出した蒸気が色を成し、形を作る。


「開明を告げる黒き群れよ! 号砲をもって欺瞞の春眠を破る時!」


 白い蒸気を先んじて突き破ったのは、歯車に排気パイプ。

 胴回りにそれらをまとわりつかせながら、木造とも鉄製ともつかぬ謎の材質の、黒く長い身体が蟠を巻く。


「黎明の鐘を鳴らせ! グレート3.9! 『ブラックシップ・サスケハナ』!」


 穂先の辺りに絡みつけば、抜いた錨が船体を擦るが如き鳴き声をあげて、精製された蛟竜型レギオンが、船首にも似た三角首が齧り付いた。

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